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ベーリッツ・ハイルシュテッテン・サナトリウム(Beelitz-Heilstätten Sanatorium)

ベーリッツ・ハイルシュテッテン・サナトリウム(Beelitz-Heilstätten Sanatorium)_北区画の一棟の廃墟写真

ドイツ北東部、ポツダムの南西に広がる広大な森林地帯に建つ、巨大な結核療養院(サナトリウム)の廃墟群。元々は19世紀の終わりにベルリンで働く労働者のために、ここに病院が造られたのが始まりである。当時の労働者は、産業化が進んだ都市部の汚染された空気によって肺を患うことが多かった。1898年に始まった建設は、その後3段階に分けて1930年まで続けられた。※1

また、国が有事の際には傷病兵の治療施設としても使用されてきた経歴を持つ。かのアドルフ・ヒトラーも1916年に起こったソンムの戦いで足を負傷した※2際にはここに入院した※3と伝えられている。

このように歴史的に重要というだけでなく、細部にまで意匠を凝らした荘厳なレンガ造りの建物がここには立ち並び、首都ベルリンからのアクセスも良い。こうした事情から、ここはドイツでも1・2を争うほど有名な──そして美しい──廃墟だったのだが、近年改修されたとの噂があった。

確かに改修後にテーマパークや病院となった施設の公式ホームページが既に存在しており一部が工事されてしまったのは疑いようもなかったが、なにぶん規模の非常に大きい廃墟であるため、その全容は不明であった。

そこで私は2018年夏、一部がまだ生き残っている事を祈りつつ現地へと向かった。しかし蓋を開けてみれば「全面工事中」という非常に残念な結果に終わった。

ベーリッツ・ハイルシュテッテン・サナトリウム(Beelitz-Heilstätten Sanatorium)_探索用地図01

この廃墟は鉄道を挟んで大きく南北のエリアに分かれる。また、それぞれのエリアは幹線道路を挟んで東西にも分かれており、当時は男女別に患者が収容されていた。

今回私がまず向かったのは、このうち北のエリアの東側、写真で "Sanatorium I" として示した建物だ。このエリアの北側の建物は既にリハビリテーション施設として転用されている※4ことを確認していたが、南側の建物はまだ手付かずで残っているらしかった。

以下にその探索の記録を記す。

廃墟を改装したリハビリ施設「RECURA Kliniken GmbH」

現地に着いて目的の建物に向かおうとしたが、とある理由から一旦北側のリハビリ施設から迂回することにした。これも当時の建物を転用したものであり、こうして間近で見ると実に堂々とした立派な建物だ。航空写真から眺めるばかりだった当時の私は、実際に出会えた感動に震えてしばらくその場を動けなかった。

リハビリ施設から南に伸びる通路の入口

リハビリ施設から南へと伸びるオシャレな通路。ここを突き当たりまで行けば、地図で "Sanatorium I" として示した目的の建物に着くはずだ。

リハビリ施設から南に伸びる通路を途中までいくと、右手に廃墟が見えた

通路を途中まで行ったところ。右手に目的とは別の小さな廃墟が見えてきた。

その廃墟はもぬけの殻だったが、意匠が凝っている

ほとんど骨組みだけでもぬけの殻だ。廃墟的な趣には欠けるものの、円と螺旋を基調とした梁の造詣がとても凝っていて、これから向かうメインの建物への期待が否応無しに高まってゆく。

木々の間から垣間見えるベーリッツ・ハイルシュテッテン・サナトリウム廃墟のメイン棟

木々の間から徐々にその姿を現す廃墟。

ベーリッツ・ハイルシュテッテン・サナトリウム(Beelitz-Heilstätten Sanatorium)_当初の目的地としていた廃墟

おお……これは凄い。その圧倒的な規模やデザインに思わず息を呑む。そこに日本的な要素は一切無く、これぞ海外の廃墟に来た甲斐があるというもの。

ベーリッツ・ハイルシュテッテン・サナトリウム_メイン棟の採光窓

採光用の窓枠部分ひとつ取ってもご覧のとおり。

採光窓のステンドグラス部分のアップ

同じ写真のアップ。モチーフは薔薇であろうか、気の遠くなるような精巧さのステンドグラスだ。

さて、冒頭で触れた「直接ここへ向かわなかった理由」についてだが、それはこの廃墟の方向から多くの人の気配がしていたからだ。それを警戒してここまで回り込んで来てみたものの、目的の建物はぐるりと真新しいフェンスで囲われているばかりか、内側で工事員が何か作業をしているのがフェンス越しに見えた。

これでは中を撮影できる可能性は全く無いため、このエリアは早々に諦めて今度は幹線道路を挟んで向かいの西側エリアを確認することにした。

ベーリッツ・ハイルシュテッテン・サナトリウム(Beelitz-Heilstätten Sanatorium)_Barfusspark ゲート前

その結果がこれである。まぁここは、Barfußpark(裸足公園……とでも訳されるのだろうか? 自然の中を素足で歩けるよう整備されたハイキングコース。日本では馴染みがない)として整備されているのが事前に分かっていたので、期待はしていなかった。

門の看板には「この物件は番犬を従えた警備員によって監視されています」と書かれている。

ベーリッツ・ハイルシュテッテン・サナトリウム(Beelitz-Heilstätten Sanatorium)_探索用地図02

これで北側のエリアが全滅なのが分かった。

次に私は最も生き残っているであろうことを期待した南側のエリアへと向かったが、こちらの状況はさらに私を落胆させるものだった。なんと作業員が重機を動かして絶賛作業中。私は道路からそれを確認すると、カメラを向けることもなくその場を後にした。どうやら今一歩……来るのが遅かったようだ。

セントヨーゼフハウス(St. Josef Haus)

次の廃墟へと向かう前に、一旦もと居た北側のエリアへ戻ってきた。

写真はセントヨーゼフハウス(St. Josef Haus)。写真では曇ってしまっていてアレだが、まるでおとぎ話に出てくるような可愛らしい建物で、冒頭で触れたリニューアル後のリハビリテーション施設のHPにもトップ画像として使われている(2018年8月現在)。

電気自動車充電スタンドがズラリと並ぶ

セントヨーゼフハウスの向かいには、GoogleMapで「テスラ・電気自動車充電スタンド」と書かれている場所があり、「こんな田舎で何言ってんだ、誰かが間違ったんだろ……?」と思っていたのだが、現地で確認してみると本当に最新式の充電設備がズラリと並んでいて驚いた。

リハビリ施設の野外を散策する車椅子患者

(▲ 写真はプライバシー保護のため加工しています)

緑豊かな敷地内を散策するリハビリ患者の車椅子も、電動のハイテクなものだ。テラスでは患者達が集い楽しげに談笑しており、ここにはゆったりとした贅沢な時間が流れているように感じられた。

日本人の私の感覚からすると、このような施設は完全に富裕層のものなのだが、そもそもここは元々労働者のために建てられたという経緯がある。高福祉国家であるドイツからしてみれば、ここも国内にごくありふれたレベルの療養施設なのかもしれない。

母が子を優しく包み込む様子を描いたレリーフ

道端には結核療養院当時のものと思われるレリーフが刻まれていた。子を想う母の気持ちはいつの時代も、どこの国でも変わらない。


──さて、ここまでガッツリ記事を書いておいてアレなのだが、こういう「行ってみてダメでした」系の記事は日本国内の廃墟ならともかく、海外の廃墟でそれを書いても果たしてどれだけの意味があるのかと疑問に感じた。

大多数の人には全く関係の無い情報である上に、残りの関係のありそうな人達にとっても、彼らは英語その他で書かれたもっと詳しいサイトを既に当たっているはずで……。こんな基本的なことに記事をほとんど書き終わってから気がつくという……orz

今後はこういう読者層不明な記事はなるべく自重するが、まぁこうして多少なりとも撮影できた廃墟については折を見て紹介してもいいかなとは思っている。

ちなみに今回のヨーロッパ廃墟遠征で回った物件は80近くに上るが、実にその半数以上が既に解体されたり新たに厳重に管理されたりで無駄足に終わっている。それを一個一個どうだったと取り上げる事は非常に大変なのでやるつもりは無いが、予想以上に解体(改修)が進んでいるという印象を私は受けたので、ヨーロッパの廃墟に行こうと思っている人は早めに足を運んでおいた方がいいかもしれない。

【廃墟Data】

探訪日:2018年7月中旬

状態:全面工事中

所在地:

  • (住所)Paracelsus-Ring 6A, 14547 Beelitz-Heilstätten, Germany(リハビリ施設)
  •    (ベーリッツ=ハイルシュテッテン14547 パラケルスス・リング6A(ドイツ))
  • (物件の場所の緯度経度)52°16'01.9"N 12°55'29.3"E(リハビリ施設)
  • (アクセス・行き方)筆者は車で行ったが、ベルリンから直通の電車も出ている。車の場合はアウトバーン9号線「Beelitz-Heilstätten」を降りて東へ1キロ弱。電車の場合はベルリン中央駅からRE7号線に乗り「Beelitz-Heilstätten, Bahnhof」下車、徒歩3-400メートルで南北いずれのエリアにも到着する。