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雪村庵(雪村桜)

室町時代後期に活躍した禅宗の画僧「雪村(せっそん)」が、晩年を過ごしたとされる庵。ただし現存する建物は当時のものではなく、後世に再建されたものである。 雪村は今でこそ日本を代表する水墨画家として雪舟と並び称されるほどの高い評価をされているが、それまでは概して評価の低い時期が続いた。そのため代表作品の多くはアメリカへ流出してしまっている。 また、その生涯には謎が多く生没年もはっきりしない...

 16, 2020   0
廃墟名: 雪村庵
所在地: 福島県
種類: 廃屋

真鶴町立岩小学校 ~廃校の桜~

箱根山の麓、伊豆半島の付け根にあたる真鶴(まなづる)半島にある小学校跡。学校の名前にもなっている「岩」という地名は、読んで字のごとく岩石が多い土地であることに由来している。 そしてその岩石であるが、当地でのみ産出する稀少な石材「本小松石」は、香川県の庵治(あじ)石と並び、墓石の最高級品とされる。※1岩小学校の校歌にも「岩 岩 岩の子われら」と詠われるなど、現地住民の石に対する特別な感情──誇りのよ...

 15, 2020   0
廃墟名: 真鶴町立岩小学校
所在地: 神奈川県
種類: 学校 廃校の桜

旧上岡小学校 ~廃校の桜~

旧上岡(うわおか)小学校の創立は明治12年(1879)、設立当初の生徒数は51名であった。現存する建物のうち最も古いものは、明治44年(1911)に建てられた写真の校舎である。※1 昭和35年(1960)には生徒数278名と最盛期を迎えるが、その後は減少を続け、平成13年(2001)に閉校。閉校時の生徒数は36名であった。 閉校以後は、明治の面影を今に伝える貴重な木造校舎として注目されるようになる。NHKの「夢みる葡萄」を皮切り...

 29, 2020   0
廃墟名: 旧上岡小学校
所在地: 茨城県
種類: 学校 廃校の桜

犬居小学校領家分校 ~廃校の桜~

遠州秋葉(えんしゅうあきは)山といえば東海随一の霊山と名高く、古くから山岳信仰や天狗信仰の場とされてきた。山頂付近には日本全国に400以上ある秋葉神社の総本山が置かれ、火難除けの神様として広く世に知られている。※1 この霊験あらたかな山の麓、春野町に古い木造の分校跡が今も残っている。創立は定かでないが明治初期と考えられ、元々は分校ではなく「領家学校」という名の独立した学校であった。 明治7年...

 22, 2020   0
廃墟名: 犬居小学校領家分校
所在地: 静岡県
種類: 学校 廃校の桜

野迫川村立池津川小学校 ~廃校の桜~

高野山「奥之院」のさらに山奥に位置する秘境、奥高野。ここに野迫川(のせがわ)という村がある。この村のさらに外れ、池津川と呼ばれる地区は世帯数16世帯、総人口数はわずか25人※1という人口減少が特に激しい僻地である。ここに、古い木造の小学校が建っている。 ここであえて「廃校」と言わなかったのは、あくまでもまだ休校扱いだからだ。休校年は昭和54年(1979)。休校間際の昭和51年度(1976)の時点で、生徒数は全...

 17, 2020   0

旧粟代小学校 ~廃校の桜~

粟代(あわしろ)小学校の開校は明治6年(1873)10月10日。同じ年・同じ月には征韓論政変※1が起きており、西郷隆盛や板垣退助、岩倉具視といったいわゆる「歴史上の人物」が活躍していた時期である。 外観は明治期の学校建築の特徴※2を色濃く残しており、同じ明治期に建てられた小学校として有名な茨城県の旧上岡(うわおか)小学校と比べても屋根に本瓦が使用されるなど、より古い時代の趣を今に伝えている。 時が...

 15, 2020   0
廃墟名: 旧粟代小学校
所在地: 愛知県
種類: 学校 廃校の桜

旧志津小学校青菅分校 ~廃校の桜~

千葉県佐倉市の新興住宅地であるユーカリが丘にひっそりと眠る、木造の分校跡。写真の校舎は、昭和30年(1955)に志津小学校の第二分校として建てられたものである。当時はまだ「青菅分教場」と言えば、ここより西方にある第一分校を指していた。 それから6年後の昭和36年(1961)、第一分校が独立して上志津小学校となる際に本第二分校は現名称へと改められた。そして昭和52年(1977)3月をもって、青菅分校は廃校となる。...

 11, 2020   0
廃墟名: 旧志津小学校青菅分校
所在地: 千葉県
種類: 学校 廃校の桜

浜松市立熊切幼稚園・熊切小学校 ~廃校の桜~

赤石の連山を北に望む、のどかな山あいの町にある小さな幼稚園。園児数の減少が続くなか平成24年(2012)3月末で一旦休園となり、同年4月から元園児たちは山向こうにある気田幼稚園(※外部サイト)までスクールバスで通うことになった。 この移転にあたっては、熊切の園児たちが移転先でもすぐに馴染めるように、事前に交流会や合同のサッカー教室が開かれるなどかなり配慮がなされたようである。 幼稚園はその後平成27年(2...

 01, 2020   6

山本園大谷グランドセンター

宇都宮の北西部、大谷町にあったヘルスセンター跡。ヘルスセンターとは今で言うスーパー銭湯のことであり、決して不健全な施設等のことではない。 大谷町で産出する岩石は柔らかく加工性や耐火性に優れるため、古くは古墳時代から建築材料として用いられてきた。その長大な歴史は地下に巨大な空間を生み出し、「大谷石地下採掘場跡」として現在有料で見学が可能となっている。その荘厳な姿はまさに「地下巨大神殿」と呼ぶに...

 06, 2019   12

ブログのURLが変更になりました(SSL対応)

本日午前2時頃より、当ブログをご覧下さっている皆様の通信の安全性を強化致しました。それに伴いブログのURLが以下の通り変更となりますので、大変お手数お掛けしますがリンクやブックマーク、RSS登録等の変更をよろしくお願い致します。  新URL:https://ruins-cat.com/ (旧URL:http://ruins-cat.com/) また、この変更に伴い当ブログのフィーチャーフォン(ガラケー)版ページのサポートを終了...

 25, 2019   0
廃墟名: ご挨拶
所在地: 雑記
種類: (お知らせ)

ファミテック(心霊・廃墟ホテル)

栃木県は日光の森の中にそびえ立つ地上9階建て、東側全面ガラス張りの廃墟ホテル。周囲はただただ山野が広がる中、突如としてこの巨大な人工物がぽつりと鎮座しているさまは、そのガラス張りの外観と相まってまさに「異様」の一言に尽きる。 1階にはフロントやバーと思しき小部屋があり、客室は8階まで。最上階は展望レストランとして使われていたようだ。この廃墟の目玉でもあるガラス張りの部分はだいぶ崩落が進んでしま...

 08, 2019   10

2019年 新年のご挨拶と昨年の御礼

(▲ 京都府京都市 旧吉田邸 にて 2018年5月上旬) 明けましておめでとうございます。昨年は思うようにブログの更新が進んでいなかったにも関わらず、多数の訪問やコメント誠にありがとうございました。 実際には春・夏・秋と全国の廃墟を駆け巡り、ヨーロッパへの初の廃墟遠征も行い、ドローンまでも導入して廃墟の空撮にも手を出したりと昨年は非常に精力的に動き回っていたのですが、それが夏冬のコミケの廃墟写真集くら...

 06, 2019   4
廃墟名: ご挨拶
所在地: 雑記
種類: (ご挨拶)

【C95 廃墟写真集】コミックマーケット95 新刊紹介

C95にて廃墟写真集を出展します。以下詳細です。 【イベント名】コミックマーケット95 【日時】2018年12月31日(月) 10:00~16:00 【場所】東京国際展示場 【配置】東T-42b(3日目) 【サークル名】廃墟屋 【Webカタログ】https://webcatalog-free.circle.ms/Circle/14212145 当イベントにて頒布する新刊の詳細は以下になります。 廃墟写真集 最新刊 『廃景 #8』 表紙サンプル 【サイ...

 27, 2018   0

Pałac w Pątnowie(ポントヌフ宮殿)

ポーランド南西部、ドイツとの国境に程近いレグニツァ(Legnica)近郊の集落ポントヌフ(Pątnów※1)にある宮殿の廃墟。この建物はドイツ系の有力貴族ロートキルヒ家※2のエルンスト・ヴォルフガング・フォン・ロートキルヒ・ウント・トラッハ(Ernest Wolfgang von Rothkirch und Trach)のために18世紀末に建てられた※3 。 古代ギリシャ建築をモデルにした荘厳な外観──6つのイオニア式の円柱で支えられたポルチコ※4(≒屋根...

 19, 2018   7

ビチナ宮殿 その2:建物の現状及びその他の建築学的特徴

(→「【ポーランドの廃墟】ビチナ宮殿(Pałac w Bycinie)」より) 市道側から見た宮殿。 写真左下の正面入口(上が丸いドーム状)の上部には、ポーランド王国の有力貴族Tęczyńscy家の紋章(赤い手斧)のレリーフが刻まれていたが、2010年代前半に崩落してしまったらしい。 (▲ 宮殿の南端部分) 鉄柵には「建設現場への立ち入り禁止」と書かれている。 建設現場? と思ったが、次の看板を見...

 11, 2018   0
廃墟名: ビチナ宮殿
所在地: ポーランド
種類: 宮殿 教会 海外