連続廃墟小説
第二話「名前」

私は訳も分からず少女の後をついていく。
確かにこの異様な雰囲気のダルマはただ事じゃないし、目の前のこの子も……狐? 人間? 何なんだ一体?
「君、名前は?……というか、何?」
キツネ顔の少女はそれを聞いてくるりと振り返ると、ケタケタと笑う。
「何だよ」
「まず、自分から名乗ったらどうだい?」
言われてみれば、それもそうだな。
「ああ、俺の名前は……」
そこまで言いかけて絶句した。おかしい、思い出せない。そんなバカな! 自分の名前だぞ!
次の言葉が出て来ず下を向いて苦しむ私に対して、少女は私の顔をのぞき込み、したり顔で答える。
「記憶喪失、ってワケじゃないぞ」
甘い吐息が私の鼻頭をかすめる。
「お前さんには今『名』が無いんだ。奪われたのさ! ここにいるダルマ達の誰かに」

突拍子もない話だ。奪われた!? 名前を?
だが少女が言うには、それこそが私がこの世界に囚われた原因なのだと言う。
とても信じられないが、現実として私は自分の名前を思い出せない。そしてこの少女もどう見ても着ぐるみではない。何よりそこらじゅうに居るこのダルマ……ペラペラペラペラ話しかけてきやがる!
頭がおかしくなりそうだが、とにかく今は少女の話を信じるしかなさそうだ。

『……天の力に呼応し!?!! すべてを生かすその力が……!?!???』
「ダルマの話には一切耳を貸すなよ、取り込まれるぞ」
「分かってる……! 何度も何度も聞き飽きた……」
「大事なことなんだ」
「で、名前を奪われたままだと、どうなるんだ」
「この世界と同化する。早い話が、お前さんもここのダルマになっちまう」
「……参ったな」
「それで名前を奪った奴が、元の世界で次の『お前』になるのさ」
人の世界に降り立ったダルマは、それまでの欲求不満をそれはもうありとあらゆる形でぶつけるそうな。俗にいう狐憑きや動物のタタリというのがこれだそうだ。そして少女も、横から「盗まれる」危険があるため自分の名は明かせないという。
「……でも…きっと…お前さんも知ってる名前だと思うよ」

森をしばらく行くと、やや開けた場所に出た。
「む、厄介なのがいるな。お前、あいつと絶対目を合わせるなよ」
「目を合わせるとどうなるんだ」
「目を逸らせなくなる」
「それだけか?」
「それだけだよ。ただし、ずっと、な。まばたきもできなくなる」
……クソッタレな世界だぜ、畜生。
「涙じょぼじょぼ垂れ流しながら全身痙攣させて死ぬことになるのさ。半日でも持ったら褒めてやるよ(笑)」

それから半時ほど山の中を歩いて行くと、ふいに少女は立ち止まり、言った。
「さて、と。じゃあオレ様の案内はここまでだ」
ちょっと待て、こんな所にほっぽり出されたら死んじまう。グチャグチャと文句を言う私に彼女は言った。
「オレ様はそこまで手を貸せないんだよ。自分の名は、自分の力だけで取り戻さないといけない」
それでも食い下がる私を、彼女は「ここで生き残るルールは教えてやっただろ」と突き放す。
「さっき『美女の石』への道があったろ? あの先にオレ様の隠れ家がある。名前を取り戻したら、そこで落ち合おう」
そう言って彼女は元来た道を引き返していった。彼女の後ろ姿が消えた後、一人取り残された私はしばし呆然としていたが、それでも覚悟を決めて言った。
「ダルマ以外の奴を見つけろ、か……」
私は踵を返し、山の奥へと続く道を進んで行った。
◇
続く......第三話「捜索」