連続廃墟小説
最終話「懐かしの君へ」
馴化(じゅんか)、と言うらしい。
魂は、その世界に適した形を取ろうと徐々にその形を変えてゆく。そして変化を終えた魂が「名」によって世界に根を張り固定されてしまうと、生きている間はその世界から出ることができなくなるという。
──そう、名を奪われでもしない限り。
「どうしてそうなる前に出なかったんだ、出口も分かってたんだろ?」
「いつか、お前さんがここに来ると分かってたからねぇ」
「え?」
返事もままならないうちに、少女は矢継ぎ早に言葉を続ける。
「時間がない、急ごう」

そうだった、名を取り戻した私はこの世界に長く留まるわけにはいかない。駆け足で先をゆく少女を見失わないよう、息を切らしながら必死に追いかける。
しかし、あぁ……疾い……! 彼女は走りだすとまるで風のようだ!
「何やってんだ、だらしないな(笑)ほら」
不意に彼女が私の手を引く。すごい力だ。
私の体は宙に浮き上がり、彼女と一体となって野山を駆け抜ける。
頬を吹き抜けてゆく心地よい風。次々と後ろへ流れ去ってゆく景色。ああ……この感じはまるで……

どうやら目的地に着いたようだ。この階段を抜ければ現世、という事らしい。
さすがの彼女も疲れたのか、暑そうに服をパタパタさせながら、
「さ、これでお別れだ。短い間だったけど、楽しかったよ」
そう言ってこちらに手を振る。その顔は満足そうだ。
現世との境界を抜ける刹那、私も笑顔でそれに応える。
「俺も楽しかったよ、久々にお前と走れてさ。ありがとな」

後には何事もなかったかのように、朽ちかけた階段があるばかりだった。
新緑の季節の暖かな木漏れ日が辺りを優しく照らし出す中、我が春を謳歌しようと山鳥たちがせわしなく歌っている。
少女はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがで天を見上げながら、かすかに微笑んだ。
「……オレ様の後輩によろしくな」
そしてまた、風の中へと消えていった。
(完)
終わりに......廃墟
※最後の画像はこちらのサイトより許可を得てお借りしました。