(→「【広見小学校】スノーボーダーが遭難・救助された廃校」より)
本物件は辿り着くまでにかなり苦労するので、以下に少し補足をしておく。
国道488号線に入ってすぐこの看板が見えるので行く末を不安に思うかもしれないが、2017年現在、廃校の手前まで行くことはできる。
前回記事の【廃墟Data】でも触れたが、反対側の匹見町方面から廃校へ行くのはやめておいた方がいい。
基本的にはこんなような細い山道がずっと続く。写真はまだ広島県側のものだが、この場所は全然広い方。
県境の峠までやってきた。
これで全行程の6割ほどを消化したことになるが、道はここからが本番。峠を越えて島根県側に入ってしまえば、車が離合可能な場所はほとんど無くなってしまう。
それにも関わらず私が行った時は休日だったせいか、釣り客と思われる車やツーリング中のバイクがやたら多かった。本当にこの先通行止めで袋小路なのか疑いたくなるほど。
随分と念入りに脅してくるな……
頑張って通行止め箇所までやってきた。手前の道に車(バイク)を寄せて、ここからは徒歩になる。
徒歩での道中、左手になかなかの規模の石垣が見えた。少し寄ってみよう。
ここは村にあった住居の跡だろう。廃村から50年……家という家は跡形もなく消え失せ、往時を今に伝えるのは自然には還らないわずかなプラスチック製品のみ。
世界樹の迷宮というゲームで、古の文明の遺物として「柔らかいビン」というアイテムが出てきた事を思い出す(ペットボトルの事と思われる)。
さて、石垣を後にして通行止め箇所から500メートルほど国道を進むと、右手の斜面下に校舎が見えてきた。
夏場は藪がひどく校門側からは入れないので、学校裏手の斜面を降りてアプローチする。
ようやく廃校に辿り着いた。
校舎の裏にはもう一つ建物があるが、これは教員宿舎と思われる。
中はほどんどもぬけの殻だ。往時を偲ぶ物は何も残されていない。
ちなみに学校周辺の杉林の中には、廃村当時まで残っていた7戸の屋敷があった場所にそれぞれ石碑が人知れず眠っているという。
かつての住民が自主的に設置したもののようで特に公式な案内は無く、私も通行止め前のヘアピン内側の石碑など分かりやすい物は見つけたものの、2017年現在も全ては発見されていないようなので、興味のある人は探してみるのも良いかもしれない。