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プリンス平安(赤平観光センター)その1

プリンス平安(赤平観光センター) 押し潰された調理場

1. 概要

北海道の赤平あかびら市にあるホテルの廃墟。大型の式場を併設しており、地元企業の祝賀会や学校の同窓会、米寿・喜寿の式典など主に地元の方のお祝い事に使われていた。また、仏式の葬儀も行なっていたようだ。

つまりここではいわゆる「冠婚葬祭」がとり行なわれていた訳だが、現地に残された当時の写真を見る限りでは、同窓会や長寿のお祝いがその大半を占めている。その中で「婚(結婚式)」だけがすっぽりと抜け落ちてしまっており、赤平という土地の高齢化・少子化を如実に感じさせた。

建物は北海道の廃墟にしては潰れずに良く持っている方である。しかし冒頭の写真のように調理場の一部やエントランス付近は雪の重みに耐えかねてすでに倒壊しており、いつホテル本棟や式場が潰されてもおかしくない状態である。

2. 実際に足を運んでみた

「プリンス平安」の銘板が掲げられた櫓

廃墟へと通じる細い道を行くと、その先に特徴的な形のやぐらが見えてきた。

私のような古くからの廃墟マニアにとっては、このやぐらこそがプリンス平安を代表する遺物と言っても過言ではない。当時はこの物件を載せていたどの廃墟サイトでもこの写真を見たものだ。

ずっと行きたいと思っていたあこがれの「北海道の廃墟」……画面越しだけの存在だったものが今こうして目の当たりになると、抑えきれない興奮が湧き上がってくる。

「赤平観光センター」の文字が見えるホテル棟

やぐらをくぐり、ホテルの入口までやってきた。建物の壁には「赤平観光センター」の文字が見える。

記事冒頭でも触れたように、建物そのものはまだ形を保っているものの、エントランスの雨避けは雪の重みによって大きく倒壊してしまっている。

折れ曲がった支柱

見事にぐんにゃり。この下に居るのはあまりいい気分ではない。

プリンス平安 エントランス

扉が壊され、それが塞がれて、また壊された跡。どうやら歓迎されているようなので、ここからお邪魔しよう。

歓迎「第七回 ふるさと市町村圏議員交流会懇親会」

プリンス平安の最後は、地元議員の懇親会会場として使われたようだ。

この看板に書かれている「(中空知)ふるさと市町村圏」とは、昭和45年(1970)に赤平市を含む5市5町で設立されたものだ。その目的は、政府主導により地域の振興と整備を行うためだった。

しかし「地域振興のため」と言えば聞こえは良いが、要は高度経済成長期のカネに群がった議員様の集まりだ。そしてそれはその後のバブル経済へと繋がっていく。

しかし彼らの精力的な働きがあってこそ、我々は今こうして全国各地に散らばるその遺産(スパガーデン湯~とぴあや、伊豆長岡スポーツワールドなどの巨大廃墟群)を拝めているわけで、廃墟マニアは彼らには決して足を向けて寝られないはずである。

プリンス平安 メニュー表と部屋割り一覧

ホテルのフロントに掲げられた食事のメニュー表。高いんだか安いんだかよく分からない値段設定だ。ラーメンや丼モノが600円前後と比較的リーズナブルに食べられる一方で、定食類は軒並み1000円以上もする。また「シトロン140円」というのがまさに北海道! という感じで良い。

客室には大広間のほか「鶴亀」「寿」「ぼたん」など20近い部屋があったようだ。

鴨の剥製

北海道という土地柄だろうか、この廃墟には剥製が多い。

孔雀の剥製

これは孔雀か。すっかり色あせてしまっているが、今なお凛々しく美しい。

エゾシカの剥製

うぉデカい……。北海道の鹿は道路上にいっぱい居るだけじゃ飽き足らず廃墟にも居るのか……

(→へ続く)

【廃墟Data】

探訪日:2015年5月下旬

状態:積雪により倒壊しつつある

所在地:

  • (住所)北海道赤平市幌岡町170
  • (物件の場所の緯度経度)43°34'56.1"N 142°02'11.4"E
  • (アクセス)道央自動車道「滝川IC」を降り、高速出口の「東滝川交差点」を左折して国道38号線(芦別国道)を東(赤平方面)へ進む。そのまま7km道なりに進むと、右手のはす向かいにENEOSが見える地点で道道224号線(赤平市街)との分岐を示す青看板があるT字路が見えてくるので、そこを左折して細い路地へと入る。200mほど直進すると「プリンス平安」の看板を掲げた櫓を潜り抜ける形となるが、道はそこで行き止まりであり、筆者のようにバイクならともかく車を置くスペースはここには無く切り返しすら困難なので、乗用車で行く場合は付近の別の場所に車を停めてからここへ来ることになるだろう。