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犬居小学校領家分校 ~廃校の桜~

犬居小学校領家分校 講堂(?)昇降口前 廃校に咲く桜

遠州秋葉えんしゅうあきは山といえば東海随一の霊山と名高く、古くから山岳信仰や天狗信仰の場とされてきた。山頂付近には日本全国に400以上ある秋葉神社の総本山が置かれ、火難除けの神様として広く世に知られている※1

この霊験あらたかな山の麓、春野町に古い木造の分校跡が今も残っている。創立は定かでないが明治初期と考えられ、元々は分校ではなく「領家学校」という名の独立した学校であった。

明治7年(1874)に今の浜松市立犬居小学校がこの領家学校の堀之内分校として開校。その後、立場が逆転して領家学校は犬居小学校の領家分校となった。大正4年(1915)には166人もの生徒を擁した※2が、その面影も今はない。そして昭和41年(1966)10月、領家分校は閉校した※3

通学路の脇にあった注意喚起の看板「とびだすな」。色はすっかり抜け落ちてしまっている。

この坂を上った先に分校跡がある。通学路の標識も長い年月の間にカラーで描かれた部分がすっかり抜け落ちてしまっている。

犬居小学校領家分校 黒板・教卓と2組の学習机

分校の中には黒板と教卓、そして机と椅子が2組だけ残されていた。

生徒用の机の上には塵が降り積もっている

実に年季の入った机だ……

犬居小学校領家分校 窓辺の教室

教室の壁には写真や額が飾られている。

「領家学校」と書かれた扁額

「領家学校」と書かれた扁額へんがく。「分校」や「尋常小学校」などの文字が見当たらない事やその状態から見て、学校の創立期に作られたものがそのまま現存したものと思われる。

犬居小学校領家分校 歴代校長

歴代校長の写真も飾られていた(右から初代、第二代、第三代)。初代校長が和服なのに対して二代目以降が洋装であることに時代の移り変わりを感じる。

犬居小学校領家分校 第四代校長 鈴木校長

こちらは第四代の鈴木校長。任期は大正8~14年(1919~1925)。

当時は口ひげを蓄えることが権威や威厳の象徴であったため、同時代の偉い人たちは総じてこのスタイルである。この当時、学校の校長を務めるといったら現代とは比較にならないほど名誉な事だった。この方もさぞや地元の名士だったに違いない。

──だが、時代はすっかり変わってしまった。

今の春野の町を見たら、彼は一体何を思うだろうか。

「犬居小学校領家分校」の銘板がはめ込まれた門柱

なかなか味のある良い廃墟だった……とホクホク顔で帰路につくと、ふいに視界の隅を学校の門柱のようなものがよぎった。よくよく見てみると、犬居小学校 領家……分校……だと…………? そ、そんなバカな……! じゃあ今までのは一体何だったんだ?!

犬居小学校領家分校 校舎

門柱の奥にあった建物がこちら。確かに木造平屋の瓦葺屋根と、明治期の小学校の特徴を良く持っている。そしてこの外観、どこかで見たような気がすると思ったら……

犬居小学校領家分校 現役当時の校舎

先ほどの歴代校長の写真の横に、これとそっくりな建物の写真が飾ってあったのを思い出した。

なるほど、ではこちらが領家分校の校舎で、あちらは講堂か何かだったのだろう。

犬居小学校領家分校 現役時の様子

(▲ NPO法人「天竜川・杣人の会」HPより引用 http://www.somabito.org/hokuen/2014/11/post-a3f9.html)

現役当時の校舎の前に整列する生徒たちを収めた一枚。今では考えられないほどの数の生徒がいることに本当に驚く。しかも生徒が全員和服……これほど古い学校の記録写真は見た記憶がない。

分校の校舎跡は春野製茶として使われた

この校舎は閉校後に春野製茶という製茶工場兼茶屋として使われていたようだが、今はそれも閉じてしまったようだ。

犬居小学校領家分校 校舎内部(教室跡)

中を覗いてみるが、やはり営業を続けている雰囲気ではない。しかし、管理はきちんとなされている様子。

可燃物タンクに描かれた春野町の絵。「秋葉まいり」の文字が入っている。

外の可燃物タンクには茶畑に茶摘みのお姉さん、そして「秋葉まいり」の文字が大きく描かれている。この春野の地を象徴する絵画だ。

秋葉山本宮秋葉神社下社 表参道 満開の桜。左手には旅館「門前屋」が見えるが営業している様子はない。

(▲ 秋葉神社下社の参道)

その秋葉神社の下社が分校跡のすぐそばにある。かつては秋葉山山頂にある本宮への参詣者で沿道は大いに賑わい、ここ春野町にも多くの宿が軒を連ねたという。

しかし、交通手段が徒歩から自動車へと移り変わる中でそれらは必要とされなくなったのだろう。写真の左手に見える建物も地図上は旅館となっているが、今も宿泊施設として営業しているようには感じられなかった。

気田川の川沿いに咲く桜

傍を流れる気田川のほとりには、桜が満開に花を咲かせている。

気田川のほとりに咲く桜

毎年春を告げる桜とたゆたう川の流れだけは、今も変わらず──

【廃墟Data】

探訪日:4月上旬

状態:健在・管理物件

所在地:

  • (住所)静岡県浜松市天竜区春野町領家342-1(校舎)
  • (物件の場所の緯度経度)34°57'13.6"N 137°52'56.5"E(校舎)
  • (アクセス・行き方)新東名高速道路の浜松北ICを降り、料金所を出て「天竜」方面へと進む。国道152号線に出るので5kmほど行くと「双竜橋」交差点で国道362号線へと接続するので、交差点を右折して国道362号線を「水窪・春野」方面へと進む。15kmほど進み気田川に差し掛かってすぐ、県道286号線への分岐があるので、左折して入り「横山」「秋葉神社下社」方面へと進む。川を渡って突き当りを左折、250mほど進むと左手にパーキングエリアがある。そこから徒歩で来た道を引き返す。100mほどで左に分岐する坂道があるのでそこに入る。坂道を上って最初の分岐を左に行くと講堂が、2つ目の分岐を左に行くと校舎が見えてくる。