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廃墟写真ブログ -Ruin's Cat-

しとどの窟(土肥椙山巌窟)

しとどの窟(土肥椙山巌窟) 洞窟正面

しとどのいわやは神奈川県の城山山中にある自然洞窟※1。治承4年(1180年)石橋山の戦いで平家に敗れた源頼朝が、追手から逃れるため数騎の仲間と共にこの岩屋(洞窟)に身を隠したとされる※2

しとど」とは山などに棲むホオジロ類(スズメの仲間)の古い呼び名である。これが急に飛び出してきたので洞窟には人がいないと敵に勘違いされ、頼朝公は難を逃れたと言われている(平安時代版の「なんだ、猫か……」※3

現在、洞窟内および山道沿いには無数の観音像や地蔵・石灯篭が立ち並んでおり、その不気味さからしばしば心霊スポットともされている。「首のない地蔵を3つ見つけたら自分の死期が迫っている証拠」などと言われる※4

しかし史実として頼朝公は見事逃げおおせているため、基本的にはその強運にあやかったパワースポットとされる事の方が多い(また古くからこの山は修験者の聖地でもあった)。天井の岩から流れ落ちる湧水には厄除けの効果があるとされ、これは心霊スポット扱いを受ける際でも同様※5のようだ。

しとどの窟(土肥椙山巌窟) 参道入口付近

しとどの窟へと続く山道の入り口付近。すでにここから石灯篭や地蔵が所狭しと並んでいる。

しとどの窟(土肥椙山巌窟) 洞窟へと続く山道

石灯篭が続く寂しい山道。これをずっと行った先に件の洞窟がある。

カーブに差し掛かった所にある地蔵群

折り返し付近の地蔵群。

ヌボーっとしたお地蔵様

ヒエッ……

しとどの窟(土肥椙山巌窟) 公式案内板

岩屋の由来が書かれた案内板。ここまで来れば洞窟はすぐそこだ。

しとどの窟(土肥椙山巌窟) 洞窟内

そして、ついに目的地までたどり着いた。

天井からすべり落ちる滑らかな湧水に、苔むした岩肌……物言わぬ石仏たちは言葉に依らず悠久の歴史を我々に語りかけてくるようだ。

いつまでも時間を忘れて居たくなるようなおごそかな空間であったが、実はそうゆっくりもしていられなかった。すでに辺りは夕方を通り越して夜になり始めていて、内心かなり焦っている(三脚がないともう撮影できないほど暗い)。

現地の案内板では入口からここまで400mという話だったが、それにしては全然着かないので次第に不安になり、分岐を間違えたかと途中で何度も確認してしまった。ネット上の体験談等を見てみても本当に400mか? という意見がちらほらある。

しとどの窟(土肥椙山巌窟) 湯河原町公式写真

(▲ 画像は湯河原町公式HPより引用 https://www.town.yugawara.kanagawa.jp/announcing-to-public/photo-library/rekishi/)

観光案内や現地の案内板の写真はこれと同じものであり「普段からロウソクが焚かれるくらい人の多い場所なんだろうな」と勝手に思っていたが全然そんなことはなかった。

今日も連休中であるにも関わらずここに来るまで誰一人としてすれ違っておらず(それがまた怖い)、この写真も雰囲気を出すためにわざわざロウソクを灯して撮った「観光客用」の写真という事だろう。あざといぜ……

しとどの窟(土肥椙山巌窟) 洞窟内の観音像

しとどの窟で首のない地蔵を3つ見つけたら……という話も、肝心の洞窟内にあるのはどう見てもお地蔵様ではなく観音様である。これがお地蔵様に見えるような幻覚を3回も見るほど脳がバグってるなら、そりゃあ死期も近いんじゃないかな……

【廃墟Data】

状態:町指定文化財 駐車場あり

所在地:

  • (住所)神奈川県足柄下郡湯河原町鍛冶屋
  • (物件の場所の緯度経度)35°09'48.5"N 139°04'34.4"E
  • (アクセス・行き方)JR東海道本線「湯河原」駅より元箱根行のバスに乗車。約30分後「しとどの窟」バス停にて下車。そこより現地の案内に従って徒歩約10分(……とされるが、バス停から山道の入口まではまた距離があり、そこから洞窟までも公称の400m以上あるように感じた。さらに高低差もそれなりにあるので、普通に歩いたらバス停からだと徒歩20分強はかかると思う)。
    自家用車で向かう場合は、湯河原町より椿ライン(県道75号線)を上ってゆき、山頂付近(「しとどの窟」バス停手前)で右手の脇道に見える「椿台レストハウス」併設の椿台駐車場を利用。トンネルに入ったら駐車場を行き過ぎているので注意。