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矢板トンネル(弥五郎坂トンネル・心霊スポット)

栃木県のお化けトンネルで最も有名なのがここ、矢板やいたトンネルだ。正式名称を「五郎坂トンネル」といい、こうして閉鎖される以前は車なども通れる普通の隧道ずいどうであった。

しかしその頃からすでにトンネル内では心霊現象が多発していたらしい。車のライトが点滅したり窓が勝手に開くといったようなことから、少しでも霊感体質の人だと車内にいても霊に自分の足を掴まれるのが見えるなど、かなりアグレッシブな霊がこのトンネルには蔓延はびこっていたようだ。

また、少し前までは入口がトタン板で覆われていて人一人がやっと通れる隙間があるという状態だった。現在では写真の通りトタンは全てはがれてしまい、単管パイプの骨組みだけになっている。ここでは「トタン板の隙間からサラリーマン風の男の幽霊が外を覗いている」というもっぱらの噂だったのだが、職を失った彼は今いったいどこでどうしているのだろうか……

矢板トンネル(弥五郎坂トンネル)へと続く獣道の入口

矢板市と塩屋町の境となる峠付近。寂しい峠であり、車通りや人通りは全くの皆無である。

峠の東側には写真のようにガードレールが途中で切れている所があり、そこから道路脇の下の方へと矢板トンネルへの道が続いている。

矢板トンネル(弥五郎坂トンネル)前に立ちふさがる厚い草の壁

深いやぶをかき分けて、ようやくトンネルの手前まで来た。信じられないだろうが、正面に山のようになった草むらの中に目的のトンネルがある。

同じく夏の時期に行った小川脳病院がここよりも山の中深くにあるにもかかわらず、はっきり獣道ができていて楽々行けたので完全に油断した。この状況を打開するような装備を今日は何ひとつ持ってきていない。

道がまったくないわけではないのだが、行けるか行けないかで言ったらこれはギリギリアウトだと思う。時期的に真夏の探索は無理だと思ったほうが良い。

進むも地獄、戻るも地獄……私はここに来たことを早くも後悔していた。


先ほどの草山をくぐり抜け、どうにかこうにかトンネルの入口までやってきた。ひぐらしの鳴く寂しげな声が辺りに響き渡り、今にも何かが出てきそうな雰囲気だ。

矢板トンネル(弥五郎坂トンネル・心霊スポット) トンネル内 出入口付近

トンネルの中から入口の方を振り返る。天井からは白い石灰成分が溶け出しており、壁にはスプレーで盛大に落書きされている。これぞまさに心霊スポットの廃トンネルといった面持ちだ。

矢板トンネルの内部は怪しげな霧で充満していた

トンネルの奥の方からは怪しげな霧が延々と流れ出してきている。そのためライトを当てても霧で反射して先が全く見通せない。この状況下で一歩一歩慎重に奥へと進んでゆくことになる。

暴走族が書き残していったと思われる矢板トンネル内の落書き

しばらく進んでいくと暴走族関係の落書きが目立つようになってきた。

「北関東暴走愚連隊 四代目 暗悪天使」と書かれた矢板トンネル内の落書き

北関東暴走愚連隊「暗悪天使」。これで「ダークエンジェル」と読むらしい。一般人の自分からしたら「堕悪」の方がいいような気もするが……彼ら独特のセンスは本当によくわからない。

北関東暴走愚連隊「暗悪天使(ダークエンジェル)」矢板総本部 五代目引退式の集合写真

ちなみにこれがその暗悪天使。彼らの一個上の先輩にあたる人たちがここまで来てあの落書きを残していったのだ。

「北関東狂……」と書かれた矢板トンネル内の落書き

北関東狂……までは読めるが、これは恐らく隣の日光市にあるファミテックの廃墟に落書きされていた「北関東狂走愚連隊」だろう。栃木の(マイナーすぎて)謎の暴走族の足跡が、こんな所にもあった。

「KYOKO & MASAKI H5.9.3」と書かれた矢板トンネル内の落書き

軟派な落書き。暴走族関連一辺倒というわけではなく、これ系の落書きもかなり多かった。

平成5年というともう30年近く前か……この2人も今頃どうしているだろうか。

矢板トンネルはさらに奥まで続いてゆく

濃い霧に顔を濡らしながら、奥へ奥へと進んでいく。

霧の先にようやく見えてきた矢板トンネルの終点

そして、長かったトンネルにもようやく終わりが見えてきた。

矢板トンネル(弥五郎坂トンネル)を塞いでいる一番奥の壁

ついにトンネルの最深部に到達した。平成10年(1998)にトンネルが閉鎖された後も2004年頃までは反対側まで抜けることができたようだが、ある時からこのようにコンクリートで完全にふさがれてしまった。

どうやら崩落の危険があるためこのような事になったらしい。しかしそれではなぜ入口をふさがずにこんな中途半端なことをしたのだろうか。予算的に片側はトタンでふさぐのが精一杯だったのだろうか。そしてこの向こう側は今どうなっているのだろうか。疑問は尽きない。

矢板トンネルを塞いでいる一番奥の壁のクローズアップ。落書きが幾層にも重ねられていて判読が難しいが、右下には「総隊長 塚原舜哉」の文字が読み取れる。

ここまで来た証として、一番奥の壁にはやはり落書きしたくなるものなのだろう。もはやいくつの文字が重ねられたかも分からないほど、歴代の落書きが厚く堆積していた。

ちなみにほぼ唯一はっきりと判読可能な右下の総隊長殿は、架空の人物ではなく実在する人の名前である。

塚原舜哉 近影

総隊長殿の近影がこちら。写真中央の人物がそれである。暴走族もやっていたとのことで、トンネルの落書きはその時代のものだろう。何気に今はフォロワー数万人の人気ツイッタラー・インスタグラマーだ。

矢板トンネル(弥五郎坂トンネル・心霊スポット) トンネル内から望む外界の緑

これにて矢板トンネルの探索は終了である。こうして見ると美しい山奥の隧道ずいどうなのだが、いったん奥に踏み出すと先が完全に封鎖されているという閉塞感が非常に重苦しい雰囲気を放つ廃トンネルであった。これは他の心霊スポットにはないここの売り・・と言っていいだろう。


最後に、記事中では触れる機会が無かった矢板トンネルの歴史について少し紹介する。

記事ではここを車道だと言ったが、元々は鉄道用のトンネルであった。かつては矢板市と日光市との間を東武矢板線という路線が結んでいた。これが昭和34年(1959)に廃線となり、その後車道として転用されたのだ。

そしてさらにその前は、人を運ぶためではなく山から木材や鉱石を運んでくるための森林鉄道だった。駅跡の近くに残る製材所風の建物などが、その当時の面影を今に伝えている。

このような経緯から、ここは廃線探索のメッカでもある。それについてはこちらのページが詳しい(→ 廃線探索 東武矢板線 - 歩鉄の達人)。野暮なので記事中ではあえて触れなかったが、矢板トンネルのコンクリートでふさがれた箇所の向こう側についてもこの「歩鉄の達人」に写真つきで詳しく紹介されている。

また「矢板トンネル」という名称から矢板市にあると思われがちだが、記事で紹介した側のトンネルの出入口がある場所(実質的に心霊スポットのある場所)はお隣の塩屋町内だ。もしかしたらコンクリートでふさがれるまでは矢板市側の坑口の方が有名で、名前の通りも良いので矢板トンネルと命名されたのかもしれない。

【廃墟Data】

状態:健在

所在地:

  • (住所)栃木県塩谷郡塩谷町大字喜佐見
  • (物件の場所の緯度経度)36°47'55.5"N 139°52'28.4"E
  • (アクセス・行き方)東北自動車道「矢板」ICを降り、料金所を出てすぐ分岐を左「矢板」方面へと進む。その先の十字路を左折して県道30号線を北に向かって進む。5kmほど進むと国道461号線と交差するので、そこを左折して「日光・鬼怒川」方面へと入る。そのまま国道を5kmほど進むと左手にドライブインが見えてくるのでその角を右折(株式会社ヤイタ工業 本社工場やラブホテル「ヴァンセンヌ」の案内板がある)。800m先で三叉路にぶつかるので中央の道に入る。そこから400m進んで峠を越えて下ったあたりに、矢板トンネルへと続く獣道の始点であるガードレールの切れ目が右手に見えてくる。