1. 概要
シゲタ動物薬品工業とは、富山県小矢部市にある医薬品会社の廃墟である。この会社では主に動物用のワクチンや血液製剤を扱っていた。
建物内部にはそれらの製造設備だけではなく、ウイルスを使った動物実験などを行うための研究・開発室まで備えられていた。そしてその現役時のひどすぎる実態や廃墟化後の状態のヤバさから「バイオハザード研究所」の渾名で呼ばれている。
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(▲ 養鶏場で鳥の殺処分を進める防疫職員(参考画像)- 茨城新聞動画ニュースより引用)
この場所が他の廃墟と一線を画すのは、何と言ってもここで起きた事件や事故の多さだろう。それらはすべて社長や社員の低すぎるモラルと管理の杜撰さに起因しており、それゆえにこの会社には数々のヤバい噂がある。
その筆頭とも言えるのが、鳥インフルエンザウイルスを用いたシゲタのバイオテロ疑惑※1である。2005年に日本では鳥インフルエンザが発生したが、この原因を「シゲタと対立していた会社の養鶏場に病気のニワトリが投げ込まれたため」もしくは「シゲタの違法な未承認ワクチンが使用されたため」とするものである。
そして感染拡大の直後に、シゲタ薬品はそのインフルエンザ株に対して高い活性を持つワクチンを開発したと発表。このでき過ぎた一連のできごとは「敵対企業を潰してワクチンを売るための陰謀だったのでは?」とまことしやかに囁かれた※2。
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(▲ マウス脾臓中で増殖するQ熱菌 - 国立感染症研究所より引用)
そもそもこの養鶏会社と揉めるきっかけとなったのも、シゲタによる詐欺的なワクチンの押し売りであったと言われる。
当時シゲタは「鶏卵からQ熱菌が検出された」としてQ熱ワクチンの販促キャンペーンを大々的に展開。しかし当の養鶏業界がすぐさまこれに異議を唱えた。他社の検査ではまったく検出できないため事実無根として、シゲタ動物薬品に対して抗議活動が行われたのだ※3。

このように常に黒いうわさの絶えない同社であったが、その最後はやはりというか社長である西尾義行氏の逮捕で幕が下ろされた。未承認の犬用血液型判定薬を販売したという理由で2007年11月に社長ら計5人が逮捕※4。そして翌年2月に本社が閉鎖して倒産、建物はそのまま廃墟になった。
また、西尾社長はこの逮捕の半年ほど前にも遺伝子組換え生物に関する規制法に違反したとして文部科学省から厳重注意を受けている※5。さらにはシゲタの前身である株式会社ブルー十字の時代にも、有印私文書偽造にて逮捕・拘留された経歴を持つ※6。
加えてこのブルー十字は、研究用に飼われていた犬猫440匹を事業所の閉鎖の際にそのまま置き去りにする事件を起こし、社会問題化した※7。本当に叩けば叩くほどほこりが出るのがこの西尾義行氏とその会社で、果ては「人体実験をしていた」などという噂まで飛び交う始末となっている。
──それでは以下に、現在は廃墟と化した彼の会社を見ていくとしよう。
2. 内部探索

実験台の棚には分析用の液体が並んでいる。この部屋ではタンパク質の分離・同定を行なっていたようだ。
大学での筆者の専門に近いので、薬品や機材を見るとそれがだいたい何用なのか分かるのが非常に萎えるポイントだ(うおぉこれは何だ!? という驚きが無い)。だがそれは私が特殊なだけで、世の中の大多数の人にとってはこういう遺品はテンションが上がるものだろう。
これらは放棄され廃墟になってしまっているが、この分析手法(電気泳動、特にウエスタンブロット法)そのものは今も最先端の科学研究で日常的に使われる極めて重要なツールである。

出た、ミリQ。これは水を特殊なフィルターで濾過して純水や超純水を得るための装置だ。この実験室ではこれがないと話にならないだろう。
通常の水道水にはミネラルなど様々な不純物が含まれていて、これが実験結果に影響を及ぼすことがある。それを避けるために使われるのがこの装置である。
しかしこういった生命科学の分野では、手軽に無菌状態の水を得る手段として使われることの方が多いように思う。筆者が一時期これのお世話になった理由もそれで、細胞を培養するのに日常的に使っていた。

箱に並べられたマイクロチューブ。これは微量の試料を遠心分離して集めたり、フィルター濾過して無菌状態の溶液を得たりするのに使われる。
フタに書かれている「HRP」とは恐らくホースラディッシュ・ペルオキシダーゼのことだろう。二次抗体の標識酵素として、先ほど触れたウエスタンブロッティングによく用いられる。

ずらりと並ぶ試薬類。これらはすべて和光純薬という大手メーカーのもので、ひとつ前の写真に写っていた赤い蓋の瓶はアルドリッチの試薬だ。
しかしもう一つの大手である関東化学の容器だけがなぜか見当たらない。名前は「関東」でも事業所は全国にあるはずだが……?

シゲタ動物薬品工業内に設置された人獣共通感染症の研究所。シゲタはここと共謀して、悪名高き「Q熱ワクチンキャンペーン」に打って出た。
ここ独自の方法でのみ検出可能なシゲタにとって非常に都合のいいQ熱菌で、その分析手法も公開できないとされた。……皆さんはそれを聞いてどう思うだろうか?
同じ部屋の360度写真(グリグリ自由に動かせます)。同時期ではなく1年後に撮ったものなので、ひとつ前の写真に比べて部屋がやや荒れている。

このバイオハザードマークの標示は法律で義務付けられたもので、この先が特定病原体等の取扱施設であることを示す。
すなわち、この扉の先では現役時にウイルスや病原菌など感染性の試料を用いた実験を行なっていたはずだ。
ちなみに「P3」とは物理的封じ込めレベルのことであり、この数値が高いほど中が厳重に封鎖されていることを示す(レベルは1~4まで)。
そしてこのP3施設というのはかなり厳重な方で、「リスクグループ3」までの病原体を扱える。このグループには、鳥インフルエンザウイルスの他にもSARSウイルスや狂犬病ウイルス、結核菌、炭疽菌などが該当する。

50mLのスピッツ。培養液から細胞を回収するなど、遠心分離操作が必要な試料の容器として使われる。
ラベルに記載のある「リン酸バッファー」は細胞実験で多用されるpH緩衝液のひとつ。筆者もさんざん作り、お世話になった。日付は2007年6月前後のものが並ぶ。

バイオハザードエリア内の実験室の様子。左手には安全キャビネット(病原体が外部に漏れないように工夫された実験台)とインキュベーター(培養装置)が見える。
右手に並んでいる装置は実験に使うマウスを入れておくためのケージである。ここで実際にマウスを病原体に感染させていたらしい。
(記事コメントより情報提供してくださったShinoさん、ありがとうございました!)

実験動物の管理記録簿。これを見ると典型的な「チェックリストのうち必要なものだけチェックしといて※8」であり、チェックリストの意味を成していない。
次から次に問題を起こして潰れた会社が一体どういう管理をしていたのかが端的に分かる貴重な資料とも言える。
また、全体的に食欲のない個体が散見され、脱毛や嘔吐などの異常も多かったことを窺わせる。

怪しげなサンプルがズラリ。筆者は生き物を実験で殺すのが無理でその道には進まなかったので、そっち系の道具にはあまり詳しくない。なので、これが何なのかも現地ではよく分からなかった。
その後正体が判明したのだが、これは実験動物の内臓のサンプルだということだ。肺や肝臓などの一部をホルマリンで処理した後、パラフィン(蝋)で固めて作る。そしてそれを薄く切り、顕微鏡で観察するなどして使うらしい。
(記事コメントより情報提供してくださったr6さん、ありがとうございました!)
(▲ この写真は360度自由に動かせます)
実験台となった犬猫を切り刻むための手術台。普通、手術台はその上に乗せた患者(患畜)を助けるために使われるが、ここの物は明確に違う。

「製造室」には自動分注機がズラリ。一定量の液体を多くの容器に小分けするための装置で、様々な用途に使われる。ここでは製造室の名の通りワクチン等の製造に使われていたのだろう。ちなみにこういうのは1台数百万円はするはず。
3階北棟にもエアシャワーとクリーンルームがあった。ここでは実際にエアシャワーを浴びているようなアングルで360度写真を撮ってみた(この画像はグリグリ自由に動かせます)。
【廃墟Data】
状態:3階の一部が火災により損傷。その他は健在。
難易度:★★★★☆(高) 不用意にそこら辺のものに触らないこと
駐車場:450mほど北にチェーン着脱場兼、駐車場(無料)がある(→地図)。物件の目の前にも車が何台か駐車可能なスペースがあるが、ここを使うのは推奨されない。
所在地:
- (住所)富山県小矢部市小森谷4569-1
- (物件の場所の緯度経度)36°36'09.1"N 136°50'36.3"E
- (アクセス・行き方)北陸自動車道「小矢部」ICより、県道42号線経由で約6分(3.2km)
小矢部料金所を出てすぐ突き当りを右折して、県道42号線を「五箇山・福光」方面へと進む。そのまま道なりに3kmほど進むと、右手の小川の向こうにシゲタ動物薬品工業の大きな廃墟が見えてくる。なお、無料の駐車場は廃墟がある場所よりも450mほど手前の右手にある。