1. 概要・歴史
──かつて、「雲上の楽園」と呼ばれた都市があった。
岩手県八幡平市、松尾鉱山。標高1000m近い山中に、巨大な鉱山が昔あった。国内の硫黄供給の8割をも独占したそれは「東洋一の硫黄鉱山」と呼ばれ、おおいに栄えた※1。
しかし今では、鉱山アパート群の廃墟が無人の荒野にただ立ち尽くすのみである。まるで過ぎ去った過去の栄華の墓標のように──
(▲ 新築間もない頃の緑ヶ丘アパート・昭和28年頃 - 現地案内板より)
写真の緑ヶ丘アパートは鉱山関係者とその家族のための住居として、昭和26年(1951)に建設された。当時、岩手県内では初となる4階建て鉄筋コンクリート造の建物であった※2。
内部には当時まだ珍しかった水洗トイレやセントラルヒーティングなどの最新設備を完備し、住人は上流階級さながらの生活を送ることができた。また、ここには売店や理容店などのテナントも入っていたので、生活のすべてをアパート内で完結できた。
周囲には学校や病院、郵便局、映画館までもが立ち並び、ひとつの都市として機能した。むしろ麓の住民がここでの買い物や映画を目当てにわざわざ山を登ってきた※3というから驚きだ。当時この松尾鉱山がどれだけ発展していたかがうかがえる。
そして、昭和35年(1960)には人口が1万3594人※4に達し、鉱山は最盛期を迎える。まさにここは「雲上の楽園」であった。
(▲ 岩手山と現役当時の松尾鉱山全景 - 現地案内板より)
しかし昭和40年代に入ると、四日市ぜんそくなどの公害が社会問題となり、その対策として工場の煙突に脱硫装置の設置が進んだ。その結果、硫黄は石油精製などの副産物として大量に得られるようになり、わざわざ山から掘り出してくる鉱石硫黄の需要は完全に消失した。
そして昭和44年(1969)、鉱山の運営母体である松尾鉱業が倒産して全従業員が解雇された。その3年後には鉱山が完全に閉鎖。令和3年(2021)現在は、独立行政法人が運営する坑廃水の中和処理施設のみが現地で稼働している。

緑ヶ丘アパートは「いろは」順に建物が分かれており、廊下の梁にその表示が書かれている。写真はその栄えある筆頭である「い」号棟の内部である。
また、先述のとおり本アパートには当時としては最先端の設備がいくつも備えられていた。そのうちのひとつが、この写真でも天井付近に見えている。

これは「セントラルヒーティング」のための導水管である。この管の中をボイラーで熱せられた温水が通っていた。これが各家庭をめぐり部屋を温めていたわけだ。
当時の最先端とはいえ、管の断熱材に発泡スチロール等ではなく藁をそのまま使っているのが何とも時代を感じる。

もう一つの便利設備「ダストシュート」。各部屋や廊下に一定間隔で設けられており、ここにゴミを放り込めば重力で下の集積場に自然とゴミが集まるというスグレモノだった。
これも当時としては最先端の設備であったが、衛生面やゴミの分別の問題などから、今ではほとんど見かけなくなってしまった。

そして最後に紹介するのがこの「水洗トイレ(の注意書き)」である。今ではあって当たり前の人権設備だが、昭和28年当時ではまだまだ珍しいものだった。なのでこの様にわざわざ使用説明書まで各家庭に貼られている。

建物のすぐ目の前まで見学に来る親子連れ。他の廃墟ではほとんど見られない光景だ。
有名な長崎の「軍艦島」と廃墟化の経緯も見た目も似ていることから、この松尾鉱山は「北の軍艦島」「陸の軍艦島」などとも呼ばれる。そんな廃墟の王様に例えられるほどの場所をひと目見ようと、ここには多くの見学者が訪れる。
さらにここは、さまざまな映像作品のロケ地として使われることも珍しくない。この動画は、超有名ロックバンド"GLAY"のアルバム「HEAVY GAUGE」のプロモーションビデオだ。
2. 春 -Spring-
3. 夏 -Summer-
4. 秋 -Autumn-
5. 冬 -Winter-


アパート内の大浴場も雪まみれだ(この写真は境界線を左右にグリグリ動かせます)。
そして、季節は巡りゆく────
6. 生活学園(旧・松尾鉱山中学校)
7. おわりに
この松尾鉱山は筆者にとって非常に思い入れのある廃墟で、「憧れのあの場所」へ実際に行った初めての経験となったのがこの廃墟だった。
あれ以来この場所には足かけ14年、計9回も訪問することになってしまった。しかも近場にあるならまだしも、東京から岩手の山奥まで約600km、移動はほとんど1日がかりの距離である。
「どんだけ好きなんだよ(笑)」と笑われそうであるが、私にとってまるで故郷へと帰ってきたかのような気持ちにさせてくれる廃墟であり、また訪れるたびに新たな発見がある場所でもある。
こんな言葉を廃墟に贈るのはおかしいかもしれないが、本当にいつまでも元気でいてほしいと願っている。
※ この廃墟の空撮動画は制作中です(↓)

(▲ 冠雪した岩手山を望む、冬の緑ヶ丘アパート - 松尾鉱山跡上空よりドローンで撮影)
記事の更新を優先するため、動画の制作を後回しにしています。撮影は終えていますが、年内にはまず完成しません。もしできあがったら管理人のTwitterにて告知します。
【廃墟Data】
状態:生活学園は解体済み。その他は健在。
難易度:★☆☆☆☆(最低)
駐車場:御在所沼遊歩道駐車場(→地図)を利用。駐車場から緑ヶ丘アパートまでは徒歩約30分(2.1km)。もし記事中の「概要」で示した写真のようにアパート前の道に路駐する場合は、くれぐれも除雪車や中和処理施設職員の通行の邪魔にならないよう注意すること。
所在地:
- (住所)岩手県八幡平市松尾寄木第2地割
- (物件の場所の緯度経度)39°56'32.3"N 140°56'43.9"E
- (アクセス・行き方)
【自家用車】東北自動車道「松尾八幡平IC」より、県道45号線→県道23号線(八幡平アスピーテライン)経由で約20分(19km)。
【公共交通機関】JR花輪線「大更駅」にて下車、岩手県北バス「大更駅前」バス停より「A51:おらほの温泉・大更駅/平舘駅・八幡平マウンテンホテル」行きに乗車。約30分(22駅)後、「柏台」バス停にて「A23:八幡平マウンテンホテル」行きに乗り換える。約12分(2駅)後、「緑ガ丘」バス停にて下車。バス停より徒歩約3分(350m)で、緑ヶ丘アパートの廃墟群が道の右手に見えてくる。