1. 概要
旧蔵原トンネルとは、富山県南砺市にある廃トンネルである。心霊スポットとされているが、この近所には全国的に有名な牛首トンネルやシゲタ動物薬品工業(バイオハザード研究所)があるため、その陰に隠れていまいち目立たない廃墟である。
しかし筆者的には、牛首トンネルよりもこの旧蔵原トンネルの方がよほど楽しめた。以下に、このトンネルの歴史や心霊的なうわさ、そして実際の探索について紹介していく。
1-1. 旧蔵原トンネルの歴史
旧蔵原トンネルは昭和18年(1943)に完成。昭和30年(1955)にいったん改修工事が入って今の姿になったようだ。当時はこのトンネルが南砺市から金沢方面へと抜ける唯一の道であり、利用価値がたいへん高かった。
しかしこのトンネルは内部の幅が狭く、車のすれ違いができなかった。時代が下って自動車が普及してくると、開通当時は気にならなかったその弱点が次第に目立つようになってくる。そして昭和62年(1987)には、対向二車線の新蔵原トンネルが旧トンネルのすぐ隣に開通した。
それでも平成24年(2012)頃までは旧トンネルも車の通行ができた。しかしその後、記事冒頭の写真のようにガードレールによって完全に閉鎖され、現在では廃道となってしまった。
1-2. 旧蔵原トンネルの心霊現象
2. 実際に足を運んでみた

トンネルの入口付近から中を見たところ。天井から壁を伝って漏れてくる一筋の水の流れにそって、緑色のコケが生えている。まるで最初からこういうデザインのトンネルかのようだ。
その緑の輪っかに被る形で、向かって右側には「隧道防災工事」と書かれた四角い石碑が埋め込まれている。日付は昭和30年3月。
天井からは千切れたコードがぶら下がっている。通電はしていないはずだが、いちおう避けて通ろう。

このトンネルの中を見た瞬間「珍しいな」と興味を引かれたのがこれ。壁に設置してある波状に折り曲げられた黄色の金属板だ。おそらく反射板の代わりだと思うが、他のトンネルではあまり見た記憶がない。
まぁ、こんなトンネルを通ろうとなったら普通は運転に全集中して壁の部材など気にしている余裕はないので、単に覚えていないだけかもしれない。

入口から少し奥に入ったところ。トンネルの壁がコンクリートなのは入口付近だけだった。途中からはこのように、モルタルで固めただけのゴツゴツとした岩肌が来訪者を出迎える。
この切り替わりはあの牛首トンネルの内部にそっくりだ。しかしこの旧蔵原トンネルは全区間が富山県内にあり、「管理者が違うから」という理由ではなさそうだ(おそらく先述した防災工事の関係)。
また、似た構造でも牛首トンネルとは違って、この旧蔵原トンネルは廃道である。しかも長さは比較にならないほど長い。なので、私のような零感人間にはこちらの方が心霊スポットとしてよほど怖く感じられる。

そしてトンネル出口の先には、さらにスノーシェッド(雪避け)で覆われたトンネルが続いていた。確かに出口の光が弱々しくて変な形をしているなとは思っていた。それがまた「先の分からない怖さ」を演出していたのだが、屋根があって道がカーブしていたからだったのか。
3. 廃墟と植物「著莪」

トンネルの手前に咲いているこの花は著莪という植物で、ノキシノブに比べれば非常にレアだが、廃墟に生える植物では代表的なもののひとつだ。
その理由についてだが、やや暗く湿った場所を好む習性のほか、日本の著莪は実をつけないため、全て株分けによって分布を広げてきたことが大きい。
つまりこの植物は鳥や風などによって偶然種が広がることがないので、この花が咲いているという事実がそのまま、かつてその場所に人の手が入ったことを示すのだ。
春頃に廃墟探索をしていると、一見何もない森の中で唐突にこの花が群生しているのを見かけることがある。そしてそこにはかつて人の生活があった(つまり住居などの跡である)可能性がきわめて大きい。
見た目が可憐かつ華やかなので、朽ち果てた景色にこの花はとても良く映える。廃墟に生える植物やキノコは見た目からして胡散臭いものばかりなので、その中のいわば清涼剤のような存在である。
【廃墟Data】
状態:健在
難易度:★☆☆☆☆(最低)
駐車場:トンネル手前の空地を利用(→地図)
所在地:
- (住所)富山県南砺市川西
- (物件の場所の緯度経度)36°35'02.2"N 136°50'42.0"E
- (アクセス・行き方)北陸自動車道「小矢部IC」より、県道42号線経由で約10分(5.4km)。