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姫川病院

1. 概要

姫川病院とは、新潟県糸魚川いといがわ市にある大型病院の廃墟である。昭和62年(1987)に開院してからというもの、長らく地域の医療を支える存在であった。しかし、平成19年(2007)6月に約22億円の負債を抱えて経営破綻はたん跡地には現在も解体されないままの廃墟が残っている。

地域の基幹病院であった姫川病院の突然の閉鎖は、当の糸魚川市のみならず日本の社会全体に大きな衝撃を与えた。姫川病院の破綻は、当時の社会問題を反映したできごとでもあったのだ。

医療業界では当時、医療保険のひっ迫による病院への収入減の圧力や、深刻な医師不足といった地方医療が抱える問題(都市部との医療格差)に警鐘けいしょうが鳴らされだした時期だった。そのため閉鎖した姫川病院には多方面から注目が集まり、国会議員による視察や、NHKをはじめとした多数のメディアによる取材が行なわれた※1

それではこの当時、姫川病院で何があったのかを以下に詳しく見ていこう。

1-1. 現役当時の評判

現役当時の姫川病院の3階から駐車場を撮影した写真

(▲ 姫川病院の3階から駐車場を撮った現役当時の写真。駐車場がほぼ満車なのが見て取れる)

先述のとおり、この姫川病院は地域の医療の中核を担う病院であった。一般病床数は114床と中程度の規模。1日の外来患者数は末期でも200名を超えていた。

特に脳梗塞後のリハビリに力を入れており、そのための専用施設まで設置されていた。また、患者の訪問看護や在宅介護支援なども積極的に行なっていたようだ。

病院の閉鎖が明るみに出るまではこれといった悪いうわさもなく、地域住民には大変ありがたがられ、頼りにされていた病院であった。

1-2. 閉鎖の理由

姫川病院の閉院を伝える張り紙

(▲ 待合室にはり出された、姫川病院の閉院を伝える張り紙 - 古畑浩一の徒然日記 2007年6月7日の記事 より引用)

姫川病院が閉鎖した理由は、単に資金繰りが悪化したためである。ここで何か事件があったり、医療事故が起きたりしたわけではない。

経営破綻に追い込まれた要因は、後述する裁判によっても全ぼうが明らかにはならなかった。しかし主に以下の3つが原因だと考えられている。

  • 診療報酬のたび重なる改定による、収入の減少
  • 医局制度の崩壊による、地方病院の医師不足
  • 経営陣(医療生協)による、放漫経営

特に医師不足は病院の経営とも密接にかかわる問題であり、深刻である。必要な数の医師が集まらなければ、病院の診療体制は維持できない。やむなく診療科の削減や病棟の閉鎖といった事態になれば、病院の収益はますます悪化する。

研修医の内定者数の推移

(▲ 研修医の内定者数の推移。若手医師の大学離れが進行している)

地方の病院に医師が足りなくなった原因はただひとつ。それは平成16年(2004)に医師の臨床研修制度が改定されたためだ。これが医局制度の崩壊につながった。

医局とは大学病院の診療科ごとの医師の集まりである。そして医局では教授の指示が絶対である。そのため、昔はどんなへき地の病院であっても大学の医局に頼みこめば医師が派遣されてきた。

それが、新しい制度では新米医師が研修先を自由に選べるようになった。そのため、条件の良い都市部の民間病院に研修医が集中。大学の医局に所属する医師は減り、他の病院に医局員(医師)を回す余裕がなくなってしまったのだ。中には派遣先から医師をなかば強引に大学へ連れ戻す動きさえあった※2という。

姫川病院の東側からの外観。手前の駐車場には草が生え、奥には姫川が流れている。

(▲ 閉鎖した姫川病院の全景。駐車場はアスファルトが荒れ、つなぎ目から草が生えている)

姫川病院の閉鎖は、こうした医師不足の問題が声高に叫ばれはじめた矢先のできごとであった。そのため先述のとおり、各メディアからの注目が多く集まった。

姫川病院の末期には、常勤の医師がピーク時の15人から6人にまで減っていた。その内訳は、内科4名、外科1名、脳神経外科1名である。この人数では、地域医療の中核を担う規模であった姫川病院の医療体制を維持することは、非常に困難だったといえる。

1-3. 閉鎖の影響 -地域医療崩壊の危機-

「6月30日の閉院に向けて、3000名の患者の紹介状作成を医師が昼夜を問わず専念する」という内容の貼り紙

(▲ 閉院に向けて馬車馬のように紹介状を書く医師たち)

町から大病院が消える──高齢者が多いうえに病院そのものが少ない地方の市町村にとって、これほどの大事件はない。

そしてそれは姫川病院も例外ではなかった。当時入院中だった80~90人の入院患者と、3000人あまりの外来患者が一夜にして行き場を失ったのだ。これらすべてを他の病院で早急に受け入れなければ、糸魚川市は医療崩壊となりかねない。これはただでさえ医師数が減って余裕がない地方医療への深刻な負担となった。

特に、糸魚川地域で急性期入院に対応できる病院は、この姫川病院の閉鎖によって糸魚川中央病院ただひとつとなってしまい、負担の増加に拍車がかかった。

結果的には、糸魚川中央病院の迅速な対応や、姫川病院の閉鎖後も単独で診療を続けた美野義紀氏の尽力などもあり、医療崩壊だけは食い止められた。しかしながら姫川病院の閉鎖が地域医療に与えた影響は、このように甚大なものであった。

1-4. 生協組合債をめぐる裁判

糸魚川医療生活協同組合の組合債証書

(▲ 実際に発行された組合債の一部。額面が100~500万円のものが並ぶ)

姫川病院の閉鎖による影響はさらに地域経済にも及んだ。姫川病院の経営は医療生協が担っており、糸魚川市民を中心とした約1600人が組合員になってここに出資していたのだ。立ち上げ時の出資金の総額は2億3400万円。その後、これとは別に発行された組合債の総額は12億3000万円にも上った※3

これらが一瞬にして紙くずとなってしまったのだ。地域柄、出資者の多くは高齢者だった。中には老後の蓄えをほとんどをつぎ込んでしまっていた方もいたという。

そして債権者の一部が、病院を相手取り損害賠償請求の訴訟を起こした。請求額は約5億6600万円、被告は姫川病院の元理事長である清水勇氏らだった。

訴状によると、旧経営陣が経営悪化の事実を知らせずに組合債を購入させたのは不法行為に当たるとした。事実、内情を知る立場にあった理事の大半が組合債を購入していなかった。

地裁判決に聞きいる債権者団体

(▲ 地裁判決に聞きいる債権者団体 - BSN新潟放送 2010年3月18日のニュースより引用)

しかしこの裁判は原告側の全面敗訴に終わる。姫川病院の閉鎖から6年目となる平成25年(2013)3月26日、最高裁への上告が棄却され、損害賠償請求を認めなかった地裁判決が確定したのだ。

この一連の裁判によって姫川病院が経営破綻に至った要因の一部は明らかになったものの、全貌は最後まで不明のままだった。旧経営陣の社会的責任もまったく問われることがないまま、裁判は結審となった。

被害が広がった一因には、お金をただ銀行に寝かせておくよりも利子が高かったことももちろんあるだろう。しかしそれ以上に「地域の医療を自分たちの手で支えよう」という住民の篤志があったことは疑いようもない。

また、組合債は姫川病院への入院時に支払いに充てることができたため、近いうちに世話になると考えた高齢者が多かったことも大きい。そしてその気持ちは、残念ながら裏切られてしまった。

1-5. 閉鎖後の放火事件

(▲ 姫川病院が放火された現場に駆けつける消防隊員ら)

姫川病院は、閉院後も施設の一部を利用するかたちで脳神経外科の美野先生による自主的な診療が続けられた。しかしそれも終わって久しく、完全に廃墟と化した姫川病院では、令和3年(2021)6月になって火災が発生した。

この火事はまもなく消し止められ、幸いにも被害は施設のごく一部を焼くにとどまった。しかし近隣住民からは、治安の悪化を不安視されている。病院の解体を強く望む声もあるが、それにはばく大な費用がかかる。そのため姫川病院の具体的な解体のめどは、今も立っていない。

2. 姫川病院での心霊現象

これだけ規模の大きい病院の廃墟なので、その必然としてこの姫川病院には数多くの霊が集まっているという。

その中でも特に心霊的な体験談が多くて有名な場所は、以下の2ヶ所だ。

2-1. 霊安室

姫川病院1階の霊安室。仏様の描かれた掛け軸が壁に飾られている。

まず1ヶ所目は、1階の霊安室である。ここでは女性の霊が頻繁に目撃されている。

病院で亡くなった方が安置される場所なので、そのぶん念も強く残り、霊がよく目撃されるのだろう。

うわさではこの女性はここで亡くなった元患者だと言われている。また、後述する手術室に出る女性の霊との関連も指摘されている。

2-2. 手術室

姫川病院2階 手術室

そして2ヶ所目は、2階の手術室である。ここでは男性の低くうめくような声が聞こえてくるという。

また、血まみれの女性の霊が「助けて!」と躍り出てくるという話もある。そしてこれは霊安室に出てくる女性と同じ霊ではないか、とも一部ではうわさされている。

以上が姫川病院で聞かれる中では、特に有名な心霊現象である。他には「深夜に廊下を歩くハイヒールの音」や「ひとりでに鳴るナースコール」などのうわさもある。

これらの場所の詳しい探索記事はこちら(↓)。

3. 本記事の探索写真について

さて、それでは実際の内部探索へと移るが、本記事では各階の代表的な場所の写真のみを、かいつまんで紹介する。

その理由は、姫川病院の規模が大きすぎるためだ。探索すべき部屋数が多く、それらすべてを1つの記事には載せきれない。

一応、今見ているこの記事だけを読めば姫川病院のことはおおむね分かるようには書いた。

もっと詳しく見たい場合は、各階の解説の先頭に貼ったリンク先の記事を読むといい。

4. 内部探索(1階)

姫川病院の館内マップ(1階)

以後、各階をこのような見取り図をもとに解説していく。

姫川病院の1階には、主に外来患者を診察するための部屋が入っている。他の病院ではあまり見かけないめずらしい部屋としては、福祉用具の展示エリアなど。心霊的に重要な霊安室もこの1階にある。

この階の詳しい探索記事はこちら(↓)。

4-1. 待合室

姫川病院1階 待合室

受付を済ませた外来患者が診察を待つところ。廊下の両側には、各診療科の診察室がぎっしりと並んでいる。

4-2. 診察室(内科)

姫川病院1階 内科第1診察室

内科の診察室は全部で5つ。写真の場所にはそれが4つ、隣どうしで並んでいる。姫川病院は他にも眼科や耳鼻咽喉いんこう科、泌尿器科、呼吸器科、脳神経外科など多くの診療科を持っていた。

しかし先述のとおり末期には常勤の医師がたった6名にまで減り、多くの診療科は維持が難しかったと思われる。特に皮膚科は館内地図によって記載があったりなかったりと、その混乱ぶりがうかがえる。

4-3. 薬局


(▲ この写真は自由にグリグリ動かせます)

受付の横には薬局がある。ここでは主に入院患者のための薬を調剤していたようだ。

ここで外来患者の薬を出すこともあったようだが、現地の状況からみて基本的には外来患者には院外へ処方を出していたと筆者は判断した。

また、この病院は漢方薬にかなり力を入れていたことがうかがえる。しかしこれも現地の状況から見て、病院の末期にはそこまで手が回っていなかったようだ。

4-4. 福祉用具展示エリア

現役当時の福祉用具展示室(姫川病院) 廃墟化後の福祉用具展示室(姫川病院)

(▲ この写真は境界線を左右にグリグリ動かせます)

昇降式ベッドや車椅子などの見本を展示していた部屋。購入やリースの相談ももちろんできたようだ。普通の病院ではこういう部屋はほとんど見かけない。

それが姫川病院にあった理由は、以下のことが関係すると思われる。

  • 高齢者が多い地域であること
  • リハビリが必要になる疾患を積極的に診ていたこと
  • 在宅介護支援を行なっていたこと

4-5. 高気圧酸素治療室

姫川病院1階 高気圧酸素治療室

これもどこの病院にも置いてあるわけではない設備。患者をこの筒の中に寝かせて密閉し、100%の酸素で中を満たして圧力をかけることで、酸素を体の隅々まで行き渡らせる。

この機械は様々な疾患に適応があるが、スポーツ外傷や神経の障害に対しても使われるので、やはり姫川病院がリハビリに力を入れていたことと関係しているだろう。

4-6. 各種検査室

姫川病院1階 RI室

CT・MRI・RIなどの撮影機器はひと通りすべて院内にそろっていた。他にも心電図やエコー、血液検査を行なうための部屋などがある。

4-7. 霊安室

姫川病院1階 霊安室

その検査棟の片隅に、地図には何も書かれていない部屋がある。そしてそのうちの一室が、うわさの霊安室だ。

5. 内部探索(2階)

姫川病院の館内マップ(2階)

姫川病院の2階には、この廃墟で心霊的にもっとも大きな注目をあびる手術室がある。他には入院患者用の病室やリハビリ室など。

この階の詳しい探索記事はこちら →【内部探索】姫川病院 2階(手術室・病棟など)

5-1. リハビリ室

姫川病院2階 リハビリ室

姫川病院の2階にはリハビリ専用の大きな部屋が用意されている。現役時ここでは医師の指示のもと、理学療法士などが患者のリハビリテーションに当たっていたはずだ。

また、部屋の奥には温泉治療室も備えていた。勘違いされがちだが、湯治に代表される温泉療法はオカルトではなく科学的根拠のある治療法であり、専門医の認定制度もある。

5-2. 手術室


(▲ この写真は自由にグリグリ動かせます)

姫川病院はここ無くして語れないだろう。この部屋では先述のとおり、男性の霊や血まみれの女性の霊が出るとされている。

紙面の都合上、本記事では病院に2つある手術室のうち一方の写真を1枚だけ貼るに留める。2階の詳細記事では多くのスペースを割いてじっくり紹介しているので、気になる方はぜひそちらを読んでほしい。

5-3. ナースセンター

姫川病院2階 ナースセンター

ここも心霊的なうわさのある場所である。患者もいない、電気も通っていない廃墟のはずなのに、ここのナースコールがひとりでに鳴ることがあるという。

病棟は基本的に2階も3階も同じ造りなので、このナースセンターも両方の階に存在する。

5-4. 病室

姫川病院2階 病室(6人部屋)

病棟の病室は個室から2~6人部屋まで様々ある。写真はこの病院で最も一般的な6人部屋だ。1日2000円の差額ベッド代を払えば、個室に入ることもできた。

6. 内部探索(3階)

姫川病院の館内マップ(3階)

姫川病院の3階は主に入院患者用の病棟で占められる。見どころとしては、債券が山積みになった理事長室など。

この階の詳しい探索記事はこちら →【内部探索】姫川病院 3階(理事長室・病棟など)

6-1. 理事長室

姫川病院3階 理事長室

3階の一番の見どころがこの部屋。医療生協が発行した12億の組合債の一部が山積みとなっているほか、姫川病院の竣工想像図や現役時の写真などが飾られている。

6-2. ICU室

姫川病院3階 ICU室

いわゆる集中治療室。筆者の探索時はベッドが置かれておらず、機材だけが残されていた。病院末期の深刻な医師不足でICUの運用ができなかったのだろうか。

6-3. 談話ホール

姫川病院3階 談話ホール

ずっと病室にこもっていると息が詰まりがちなので、こういう部屋があるのは入院患者にとってはありがたかっただろう。窓の外は、遠く妙高の連山が顔をのぞかせる素晴らしい景色だ。

7. 内部探索(4階)

姫川病院の館内マップ(4階)

姫川病院の4階(最上階)は、すべて職員専用のエリアとなっている。医療スタッフの役員のための個室や、会議室など。院長室もこの4階にある。

この階の詳しい探索記事はこちら →【内部探索】姫川病院 4階(院長室・スタッフルームなど)

7-1. 院長室

姫川病院4階 院長室

病院の最上階のいちばん良い部屋がもちろん院長室だ。先ほど紹介した3階の談話ホールのちょうど真上にあたる。

現役当時の病院長は神保正樹氏。先述した裁判の折、清水理事長や富山第一銀行と共に訴えられてしまった。

しかしこういう大きな病院での院長の職務は経営面ではなく診療面での統括のはずなので、経営の長である理事と一緒くたに訴えられたのは少々気の毒な話だ。

7-2. カンファレンスルーム

姫川病院4階 カンファレンスルーム

患者の症例を報告したり、治療の方向性について話し合うための部屋。部屋の隅には様々な分野の医学雑誌が並んでいる。

【廃墟Data】

状態:健在(一部放火)

難易度:★★★★☆(高)※放火事件の後に警備が強化され、警察による巡回もある模様

駐車場:なし。「ホテル国富アネックス」を利用する場合は、そこの無料駐車場を利用できる(→地図

所在地:

  • (住所)新潟県糸魚川市大字大野290-1
  • (物件の場所の緯度経度)37°01'13.0"N 137°51'34.6"E
  • (アクセス・行き方)
    【自家用車】北陸自動車道「糸魚川IC」より、国道148号線経由で約5分(2.4km)。
    料金所を出て出口のT字路を左折し、国道148号線を「松本・白馬」方面へと入る。そのまま1.5kmほど道なりに進むと、右手に姫川病院の巨大な姿が見えてくる。
    【公共交通機関】北陸新幹線「糸魚川駅」下車。JR大糸線に乗り換えて、各停「南小谷」行に乗車。1駅先の「姫川駅」にて下車し、そこから徒歩1分で到着(駅のすぐ目の前が病院)。糸魚川自動車教習所のすぐ隣に位置する。