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水上温泉の廃墟ホテル群

概要

水上みなかみ温泉とは、群馬県みなかみ町にある温泉地である。利根川の源流部に位置し、美しい森と渓谷を楽しめる。伊香保や草津とともに、群馬を代表する温泉地の一つである。

しかし現在は廃墟となったホテルが目立ち、お世辞にも活気があるとは言えない状況だ。伊香保温泉にも廃墟は多くメディアに取り上げられることがあるが、街自体には活気があふれており水上温泉とは対照的である。

その水上温泉の惨状を端的に表しているのが、記事冒頭の写真である。ここは温泉街のメインストリートなのだが、日曜日だというのにまるでゴーストタウンのようなありさまである。

温泉街の廃墟といえばお隣の栃木県にある鬼怒川温泉が有名だが、あれはあくまで町の端っこの一部がああなっているだけなのだ。それに対し温泉街の中心部が廃墟だらけの水上温泉には、鬼怒川にはない強烈な絶望感が漂っている。

射的遊技場アイリス

(▲ 温泉街の公共駐車場を出て一歩で廃墟。誰もが目にするためか、この建物の写真はどの紹介サイトでも見かける。)

黄昏時の水上温泉の中心街の様子

(▲ この温泉街の真価は夜にこそ発揮される。町の中には点々と灯りがともるが、人だけがどこにもいない……)

米屋旅館

(▲ 筆者は廃墟に行く時はなるべく現地にお金を落とすようにしているが、ここに入る勇気だけはどうしても出なかった。※1

水上温泉の湯原温泉公園内の足湯

(▲ しかたなく足湯へと向かう。それにしても全く人の気配がない……)

足湯につかる様子

(▲ 泉質そのものはとても良い。赤ちゃんの柔肌のように滑らかなお湯だ。)

水上温泉郷の広域マップ

(▲ 水上温泉郷の広域マップ)

以上が水上温泉の中心街の様子であるが、「水上温泉郷」とはここを中心としたかなり広域にわたる温泉地の総称である。それぞれの土地に廃墟が散在するので、まずはその中でも特に有名なものを3つ紹介する。それから各地区の廃墟を個別に見ていきたい。

1. 水上三大廃墟

水上温泉郷にある特に有名な廃墟を3つ、下流側(水上駅側)から順に紹介していく。

1-1. ホテル大宮

ホテル大宮の外観

JR上越線の水上駅の目の前にある巨大廃墟ホテル。この立地のせいで「温泉街のイメージが悪くなる」と関係者には特に煙たがられている物件である。そのため水上温泉の廃墟と言えば普通はこのホテル大宮のことを指し、メディアなどで言及される機会も多い。

このホテルが廃業したのは、平成元年(1989)4月に起きたエレベーター事故が原因とされている。この事故では宿泊客が5階からエレベーターに乗ろうとしたところそこにエレベーターがなく、15m下の1階まで転落した。

この事故により客は全治6ヶ月の重傷を負い、ホテル大宮は営業停止処分に。そしてホテルは営業を再開することなくそのまま廃業となった。

廃墟化後のホテル大宮のロビー 営業当時のホテル大宮のロビー

(▲ この写真は境界線を左右に動かせます)

ホテル大宮のロビー。女性2人組の雰囲気からしてすでにバブル期の香りを感じるのだが、そもそも年齢的にバブル期の空気を知らない私に一体何がそう思わせるのだろうか? 本当に不思議だ。

ホテル大宮の5階エレベーター前

5階エレベーター前。ここが例の宿泊客が転落した現場である。落ちたのは戦友会の集まりに参加していた老人だったらしい。

ホテル大宮のエレベーターシャフト

ここから1階まで落ちてよく死ななかったと思うが、この程度で死ぬような奴はそもそもあの戦争から生きて戻れなかった、という事なのだろう。

ホテル大宮の客室

ホテル大宮の建物の状態は、数ある廃墟の中でもかなり悪い部類に入る。しかし逆にそれが見応えのある要素でもあり、特に客室はほとんど温室と化していて探索者を飽きさせない。

1-2. 奥利根館

奥利根館の外観

水上みなかみきぬ川館」とも言える物件がこちら。水上温泉郷で最も規模の大きい廃墟であり、その分見どころも多い。筆者的にはここが水上で一番面白い廃墟だと評価するが、他の2件と比べると知名度は不当なまでに低い。

巨大ホテルの廃墟の例に漏れず、この奥利根館も建物の構造が非常に複雑である。増築に増築を重ねていった様子がホテルの外観からも見て取れ、内部は巨大な迷路と化している。

典型的な団体旅行客向けの大型ホテルであり、2階ぶち抜きの大会議室や100畳を超える宴会場を複数備える。バブル崩壊後この種の旅館が時流にそぐわなくなっていったのは他の記事でも述べた通りであり、この奥利根館も平成23年(2011)に約26億円の負債を抱えて倒産した。

廃墟化後の奥利根館のクラブ「ムーンリバー」 営業当時の奥利根館のクラブ「ムーンリバー」

(▲ この写真は境界線を左右に動かせます)

バブル感をひしひしと感じさせる吹き抜けのクラブ。今となっては見る影もない。

奥利根館3階のゲームコーナー

ゲームセンターも完備。時代を感じさせる機種が並ぶ。

奥利根館の女性用露天風呂「浮舟の湯」

女性用露天風呂「浮舟の湯」。この他にも混浴の露天風呂があるが、一般のお客が求めていたのはそういう事ではなかったらしい。時代が下るにつれ、混浴の温泉は各地で閉鎖されるなど縮小傾向にある。

奥利根館3階の宴会場「大安の間」の出入口

宴会場「大安の間」の出入口。壁には着物姿の美女が舞い踊り、天井には大きな和風の照明がぶら下がっている。

1-3. ホテル藤原郷

ホテル藤原郷の外観

ダム湖である藤原湖のほとりにある廃墟。ダム観光客向けのホテルとして昭和34年(1959)に開業したが、平成に入り発覚した温泉の偽装問題が致命傷となり、それからわずか数年で廃業に追い込まれた。

全国ネットのテレビ局で心霊ホテルとして紹介されたことから、廃墟としてよりも心霊スポットとして有名であり「浮遊霊の巣窟」などとうわさされている。

令和4年(2022)6月には不審火と思われる火事が発生するなど話題を呼んだが、現在の所有者が不明なため町としても手をつけるにつけられない状態だという。

ホテル藤原郷のエントランスホール

(▲ ホテルのフロント)


(▲ ホテル内で最も霊障が強いとされる216号室の内部。この写真は360度自由に動かせる。)

※この廃墟の詳しい探索記事はこちら → ホテル藤原郷 内部探索

水上温泉郷の三大廃墟の紹介は以上である。以下に各エリア毎の廃墟を個別に紹介していく。

2. 水上温泉エリア(北)の廃墟

水上温泉の湯原橋付近の廃墟ホテル群

温泉街の実質的な中心部である「ふれあい通り商店街」の北端、写真の湯原橋の付近に廃墟が固まっているエリアがある。写真では左端のホテルのみ現役で、見切れているがここから右方向にも解体中の廃墟がある。

まずは写真中央の、壁に家紋のようなものが描かれている廃墟から見ていきたい。

2-1. クラブ・ラヴィリンス(解体中)

クラブ・ラヴィリンス

後述する廃墟「蒼海ホテル」の別館だった建物。外壁の看板の内容から、ここはお酒と音楽を楽しめるディスコやショーパブのような施設だったらしい。2022年現在、解体工事の真っ最中である。

2-2. 蒼海そうかいホテル(解体中)

蒼海ホテル跡と桃山館

こちらも残念ながら探索に一歩間に合わず。奥に見える別館「桃山館」も遠からず消滅する模様。

この蒼海ホテルは、元々は普通の割烹かっぽう旅館であった。しかし末期には「湯けむりスケスケ長じゅばん」なるものを着た女性コンパニオンによる大人向けの密着サービスが爆誕。もはや旅館の皮を被った風俗店であり、周囲をざわつかせるに至った。

水上温泉が廃れた要因のひとつに、こうした男性の団体客に頼りきりなバブル期の思考が最後まで抜けず、家族向けや女性向けにうまくシフトできなかった事が指摘されている。同様の問題は伊香保温泉にもあり、裏通りではかつて公然と売春が行なわれていたという。

2-3. 名称不明のホテル

水上温泉の名称不明のホテルの廃墟

このエリアで一番大きな廃物件。ホテルの廃墟であることは間違いないようだが、名称を含めその他一切が不明。建物自体の管理はきちんとなされているため、内部の探索は不可能。

2-4. 廃吊り橋

水上温泉の廃吊り橋

山あいの観光地には観光客向けに吊り橋が架けられがちであるが、温泉街の衰退と共に放置されて完全に忘れ去られたその最期の姿がここにある。

例の鬼怒川にもいくつか吊り橋はあるが、いずれも現役でありこのように廃橋になってしまったものは存在しない。このことが水上温泉に鬼怒川以上の悲壮感を漂わせる要因のひとつになっている。

3. 水上温泉エリア(南)の廃墟

温泉街駐車場からほど近い、水上温泉エリアの中心部にある廃墟がこちら。水上町としてはこれらの廃墟を大変苦々しく思っているらしく、現在積極的に解体や改装が進められている。

3-1. 白雲閣(転用済)

白雲閣

現在はアウトドアスポーツ関連の会社「フィールドアースみなかみ」の事業所として利用されている。観光客向けに利根川のラフティング(ボートによる激しめの川下り)などのアクティビティを提供している。

3-2. 水上観光ホテル(解体済)

水上観光ホテル跡地に水上温泉ホテル(仮称)が建設されている現場

先述のホテル藤原郷と同じく、温泉の偽装が発覚した水上温泉郷の旅館のうちのひとつ。そのホテル藤原郷の後を追うように同年10月に廃業した。跡地には現在「水上温泉ホテル(仮称)」が建設中である。

3-3. 藤屋(改装中)

旅館藤屋

上述の水上観光ホテルの隣にあった旅館。水上温泉の源泉湧出地の目の前にあり、しかも利根川の清流を見下ろせるベストポジションにあったが、末期は客から設備の老朽化を指摘されるなど評判があまり良くなかった。

平成21年(2009)に約22億円の負債を抱えて倒産。令和4年(2022)現在は別の所有者の手に渡っており、老朽化した建物の改修工事が進められている。

3-4. 水上館(現役)

水上館

藤屋のはす向かいにある旅館。この地区では最大級のホテルのひとつであり、昭和天皇もご宿泊されるなど水上温泉を代表する存在だったが、他のホテル同様に近年は経営不振に陥っていた。

そして平成25年(2013)ついに水上館は経営再建に向けて再生型M&Aに踏み切った。これにより旧運営会社だった室井商事は約17億円の負債を抱えて倒産。水上館の運営は新会社へと引き継がれ、令和4年(2022)現在も営業を続けている。

3-5. たからホテル(転用済)

寶ホテル

水上館から川を挟んで向かい側にあった温泉旅館。平成26年(2014)年9月に旧ホテルの建物をそのまま利用する形で、老犬介護ホームとして生まれ変わった。

老犬介護ホームとして転用後の寶ホテルの客室

(▲ 老犬達が過ごす和室の様子 - 老犬介護ホーム みなかみ温泉寶ホテル 公式サイトより引用)

3-6. 一葉亭(旧ひがきホテル・解体中)

一葉亭(旧ひがきホテル)

昭和23年(1948)に「ひがきホテル」として創業。昭和52年(1977)に新館を増築し、客室120室・収容人員650名を誇る水上温泉地区で最大のホテルとなった。

しかしバブル崩壊後は経営不振に陥り、平成17年(2005)に民事再生法の適用を申請。経営再建に向けて努力が重ねられたものの、平成28年(2016)には推定3億円の負債を抱えて倒産した。

翌年8月には新オーナーにより「一葉亭」と改名されて営業が再開するものの、それも令和元年(2019)11月に閉館。現在は「産官学金連携まちづくり」事業の一環として解体工事が進められている。

3-7. 去来荘

去来荘

公立学校共済組合が運営していたホテル。つまりこのホテルは組合員である公立学校の教師やその家族を対象とした福祉事業の一環であった。なお、組合員以外でも割高料金にはなるが利用できたらしい。

昭和28年(1953)1月に開設。平成30年(2018)末に閉館。これまで見てきたとおり、水上町はこの地区の廃墟を現在積極的に処理しているが、この去来荘の権利は民間ではなく共済組合にあるため、他のホテルのように解体や転用をするのは一筋縄ではいかないと思われる。

4. うのせ温泉エリアの廃墟

水上温泉エリアの一段階上流に広がる温泉地。旅館が所狭しと並んでいた水上エリアに比べて土地に余裕があり、キャンプ場やスキー場などもようしている。

4-1. 水上荘

水上荘

独立行政法人「労働者健康福祉機構」が運営していた宿。平成17年(2005)5月末をもって閉館した。後継の団体である労働者健康安全機構が現在はその管理を引き継いでいる。

4-2. 大穴町営住宅

大穴町営住宅

古い町営住宅の跡。現在建物の出入口は板で完全に塞がれており、外壁もボロボロ。住居として使われている様子は全くない。しかし駐車場は今も近隣住民に(勝手に?)利用されているようだ。

4-3. 桑屋(および大穴スキー場)

桑屋と水上シャンツェ

(▲ 桑屋の建物と大穴スキー場のジャンプ台跡(写真右上))

ここは食事や買い物ができるドライブインのような施設だったと思われる。主力商品は利根川の清流で育てた「川のり」やその佃煮だったらしい。他にも添加物をなるべく使わない自然派の健康食品を数多く販売していたようだ。

平成30年(2018)の上旬頃までは、まったく同じデザインの看板を掲げた食堂兼みやげ物屋が水上温泉エリアの中心街にあった。恐らくこの旧桑屋が移転してきたものだったのだろう。

同年4月からは移転先の新桑屋の建物が「オクトワン ブルーイング」というビアガーデンになっており、桑屋は消滅してしまったものと思われる。

大穴スキー場前のスキー用品貸出施設

旧桑屋の向かいにはスキー用品の貸出所の廃墟があった。これは大穴スキー場の付属施設だと思われ、旧桑屋の後ろの山には同スキー場のジャンプ台(水上シャンツェ)の跡が今もはっきりと残っている。

その大穴スキー場も平成31年(2019)3月をもって閉鎖。この頃にはもう娯楽としてのスキーはオワコン化の極みに達しており、この国民的なスキー需要の低下が水上温泉の衰退の一因にも挙げられている。

5. 湯檜曽ゆびそ温泉エリアの廃墟

うのせ温泉エリアよりもさらに上流に位置する温泉地。他のエリアとは異なりミーハーなレジャー施設などはなく、山あいの静かな風景が辺りには広がっている。

5-1. 本家旅館

湯檜曽温泉と本家旅館

平安時代後期の戦「前九年の役(1051~62)」により滅ぼされた安倍氏であるが、各地に生き残りが落ち延びたという伝説が残る。この湯檜曽温泉も安倍氏の末孫にあたる安倍孫八郎貞次により、宝徳元年(1449)頃に発見されたものと伝えられている。

その安倍氏の現代の末裔とされる人物が経営していたのが、この「本家旅館」である。この名前は経営者自身が安倍氏の子孫であることを明確に意識してのものだろう。最後のオーナーは安倍家の35代目を名乗っていたそうだ。

ちなみに元首相の安倍晋三も同じ安倍氏の末裔とされている。これらの言い伝えが真実ならば、安倍元首相と本家旅館の当主とは遠い遠い親戚同士ということになる。

本家旅館

明治から昭和初期にかけて、湯檜曽は清水越え(群馬と新潟を結ぶ近道)の旅客でにぎわったという記録が残されている。しかし自動車が普及するにつれ、徒歩でしか通り抜けられないこの街道は徐々に時代遅れのものとなっていった。

そしてこの本家旅館が潰れてしまったことにより、ここの当主に連なる安倍氏の系譜は「平安時代に一度滅び、その後盛り返すも室町時代に再び滅ぼされ、そして現代においてもまた滅ぶ」という苦難の歴史をたどってきたことになる。果たして三度目の再興はあるのだろうか? 今後の動向が注目される。

【廃墟Data】

状態:ホテル藤原郷は火災により一部損傷。水上温泉エリアの廃墟のうち多くが解体・改装工事中。その他は健在。

難易度:★★★☆☆(普通)

駐車場:温泉街駐車場(無料)を利用(→地図

所在地:

  • (住所)群馬県利根郡みなかみ町湯原704(温泉街駐車場)
  • (物件の場所の緯度経度)36°46'11.1"N 138°58'15.3"E(温泉街駐車場)
  • (アクセス・行き方)
    【自家用車】関越自動車道「水上IC」より、国道291号線経由で約7分(3.8km)で温泉街駐車場着。
    【公共交通機関】JR上越線「水上駅」より、県道61号線を南方向(駅を出て左方向)に徒歩約1分(100m)で廃墟「ホテル大宮」着。